整骨院に通い始めて早一ヶ月。
ガッチガチだった体のコリが少しずつ柔らかくなってきたものの
それだけでは満足できず
自分でも体整えてぇぇ~ってなったので
ダイソーで健康器具なるものを最近買ったので今回はそれの紹介。
1番上の黒いやつは足つぼマッサージのやつ。
足裏も揉んでみると結構こってるなーってことで最近ふみふみしてるんだけど中々いい。
ちょっと痛いけど効いてるなぁって感じがするし、足の裏が軽くなって冷えも少し解消してきたような気がする。
買ってよかった。
まんなかのやつは両手で持って真ん中の2つの突起を首のこりにぎゅって当てるやつ。
100円だからしょうがないけど、ふにゃふにゃで形が安定しないから正直使いづらい。
ただ意外と効いてるみたいで使った後首のあたりがふわぁっとして結構楽になる。
けどやっぱり使いづらい。
100均以外のもうちょっとしっかりしてるやつに買い替えようか検討中。
一番下のピンクのごつごつしたやつは床に置いてその上に背中とか腰をのっけてぐりぐりするやつ。
これはめっちゃ効いた。
整体師の人に「テニスボールで背中ごりごりするといいですよ~」って言われてそれを買おうかと思ってたんだけど、良さそうなのがあってこっちを買ってみて正解だった。
とにかくゴリゴリ背中の痛いところに入って凄い効いてる感じがする。
ただやっぱこれもちょっと使いづらい。
シリコンなので背中を上下に揺さぶっているとTシャツをぐいぐい巻き込んでしまうので使う時はちょっと工夫がいるかも。
あと斜めにずれたりとか。
でもこれも手が届きづらい背中のコリにしっかり入ってくれるので買ってよかった。
ちなみにこれは200円商品。
100均ってことで作りはお値段相応って感じだけど、モノによってはだいぶイイ。
ダイソーには無かったけど最近フック型のマッサージ器具を失くしたんでそれも欲しいなぁ。
かなり前から名前だけは知ってたけど、ずっと観てなかった作品。
っていうことで今回観てみることにしてみたんだけど、思ってた以上にかなり強烈な作品だった。
何が強烈だったかっていうと
めちゃくちゃグロい。
体の一部分がちぎれたり内臓が出たり血が噴き出したり、負傷のしかたがとにかくリアルに描かれていて、正直観てる間ちょっと具合が悪くなりかけた。
特に冒頭30分のアメリカ軍とドイツ軍のオマハビーチでの激闘は、この世の地獄かっていう光景だった。
自分があそこに参加していたらと思うとぞっとする。
ただ見ておいて良かったなとも思う。
ああいったリアルな戦争の部分を知ることで、いかに戦争が悲痛なものであるかということを。
それでいて改めて戦争は起こしたらいけないなと。
そういった意味でいい教訓にもなった。
ストーリー性はほとんど無いって感じだったね。
とにかく戦闘シーンを見せたいっていう具合にずっと戦っていたっていう印象。
その中でも印象に残ったシーンが、アパムがドイツ兵を助けて、そのドイツ兵に今度は見逃されて、だけど最後にはアパムがそのドイツ兵を撃つという3段構えのマジかっていう展開。(アパムは降伏した敵兵は殺してはいけないって騒いでいたのに、最後は数人いた敵兵の中からそのドイツ兵だけあっさり撃ち殺していたし。)
なんで臆病なアパムが最後あんなにあっさり撃ち殺したのかは分からないけど、もしかしたら戦争が人を変えたのか、大尉が撃ち殺されたことへの報復か、自分の甘さを断ち切るためか、それ以外か、なんだったんだろうか。
この映画はカメラアングルとか爆破とか、あと音響とか、本当に戦闘に参加しているかのような臨場感があってさすがスピルバーグって感じだった。
大戦が終わってから日本で大きな戦闘は起きていないけど、防衛費も増額してまたいつこういうことが起こるか分からないからまだまだ安心できない時代。
個人でできることは限られるけど、この映画に倣って少し気を引き締めておかないとなぁと思った次第でございます。
・傍観者効果
「誰も…消防車を呼んでいないのである!!!」
っていうセリフで有名なマンガのアレ。
このマンガのシーンを説明すると、
「ある一軒家が火事になっていて、その場には家主も野次馬もたくさんいて燃えている家を眺めながらみんな消防車が早く来るのを待っているんだけど、待てども消防車は一向に来ない。
なぜなら、誰も…消防車を呼んでいないのである!!!」
っていうヤツ。
なんで誰も消防車を呼んでいないのかって言うと
みんな「これだけ人がいれば誰かが消防車を呼ぶだろう」と思っていたから。
これが傍観者効果。
この傍観者効果の最たる例を挙げると、1967年のニューヨークで起きた殺人事件がある。
深夜に帰宅途中の女性が暴漢に襲われて、女性が大声で悲鳴をあげて誰かに助けを求めたにも関わらず、周辺のマンションの住人はそれに気づいていたのに誰も助けに行かなくて結局女性は殺されてしまったという。
新聞はこの事件を都会人の冷たさの表れとして非難したけど、社会心理学者のダーリーとラタネは、そうではないと反論した。
それはさっき言ったみたいに、周りに人が多ければ多いほど責任が分散するってことを主張した。
それを示すために、2人はある実験を行った。
それは、2人、3人、6人のグループに分かれて電話で通話をしてもらい、その電話の最中に1人が「苦しい、、心臓発作が起きた。助けてくれ、、、」とうめき声をあげた時に、参加者がどうするかを見るっていう内容。
その結果、1分以内に緊急事態を実験者に報告した人の比率は、
2人グループ…85%
3人グループ…62%
6人グループ…31%
となった。
さらに、6人グループの場合最終的に3分の1以上が連絡しなかった。
といった風に、参加者が多いと人は援助行動をしなくなるということがこの実験明らかになった。
単なる実験の結果に過ぎないだろうと思われるかもしれないけど、実際自分自身もこういった経験があるなぁって思い出した。
大勢の人が乗っている電車が発車する直前に、車内である女性が急に具合が悪くなって倒れたことがあった。
それでとある女性が緊急停止ボタンを押すように誰かに声掛けして電車は発車しなかったんだけど、その時に自分も何かしないとって思って車掌さんを現場に案内するためにホームに出て誘導した。
そのあと倒れた女性は運ばれて、数分後に電車は発車してことなきを得たんだけど、正直、そのときこれだけ周りに人がいるから誰かがなんとかしてくれるだろうっていう期待があった。
でも周りに数十人の人がいても結構みんな動かない。
もし、誰かが緊急停止ボタンを押すように言わなかったらそのまま発車されていたかもしれない。
あの場ではそんな雰囲気があった。
でも、もしその場に自分しかいなかったら自分が介抱しようという気がする。(緊急停止ボタンも押さないとっていう気持ちにはなると思う。)
実際するかどうかは置いといて、そういう気持ちにはなる。
だから、その時に傍観者効果は身を以て実感した。
ただ、この場合だと誰かが呼ぶだろうって期待もあるけど、焦ってどうすればいいか分からないとか、目立つのが恥ずかしいとか、逆に手助けのつもりが余計なことをするんじゃないかっていう恐れもあって動けないって言うのもあったかも。
緊急停止ボタンも押したことがないし自分のせいで騒ぎを起こしたくない(ボタン押すと駅構内に大きい音鳴るから)っていう不安もあったし。
今ではこういう経験があるから次同じことが起きた場合はすぐに行動に移せるかもしれないけど、はじめてだと焦るし不安になるし中々すぐに行動に移すっていうのは難しいかもしれない。
倒れた女性をすぐに介抱して声掛けした女性は手際が良かったからすでにこういう経験をしていたのかもしれないしね。
言うて急なトラブルは焦るよね。
今度はさっきのニューヨークの事件を自分に当てはめてみて考えようと思うけど、やっぱり通報しないかも。
誰かが通報するかもっていう気があるし、これだけ目撃者がいたらみんな通報するだろうから何度も同じ通報を受ける警察が大変だろうなって思っちゃう。
人助けはしたいという気持ちはあるのに、人って難しい生き物よね。
・ハスの自己意識の実験
この実験は被験者に、自分のおでこに手で「E」というアルファベットを書いてもらう。
その時に
カメラを向けられた被験者(誰かに見られている感覚)と
自己意識を生じさせない条件下にいる被験者(その場にいるのは自分だけ)
との2グループに分けて、「E」の文字の向きがどうなるかを調べた。
そうすると、
カメラを向けられたグループは55%
低い自己意識条件のグループは18%
が外から見て正しい「E」の文字を書いた。
その結果から、人は他人に見られると自己意識が高まりやすいという傾向にあることが考えられる。
っていう実験。
ちなみにこれの興味深いところが
日本人で同じ実験を行ったところ、カメラを向けなくても半数以上の人が外から見て正しい「E」を書いたそうな。
だから他の国に比べて日本人は日常的に自己意識を強く感じやすい傾向にある。
ここからは完全に余談になるけど、この結果をそのまま受け止めるなら(データ不足だけど)日本人の性質を表わしているなぁと思った。
例を挙げると、日本人は清潔、おしゃれ、マナーがいい、モラルが高い、犯罪率が低い、モノやサービスの質が高い、など人の目を気にするからこういった面があるのだと考えた。
逆に同調圧力の強さだったり、人の目を気にするあまり自分の行動を制限して(欲求不満になりやすい)ストレスが溜まりやすいデメリットがあるのも関係しているのかなと。
人の目を気にするということは「よく見られたい」とか「配慮」に繋がるから、社会が全体的に暮らしやすくなる。だけど、人の目を気にすると言いたいことも言えなかったり、やりたいこともやれないっていう感じになって神経を削られ疲労やストレスに繋がる。
日本は安全な国であるけど、ストレス大国と言われる所以はこういうところ”も”関係しているのかと。(これだけが要素とは言わない)
日本より治安がいい国は他にもあって、治安ははおおらかさだったり、人との絆だったり、様々な要因で成り立つ。
ただ、自分が感じる日本人の印象はおおらかさ(楽観)はあまり感じられないし、同調圧力は強くて息苦しさを感じるし、人間関係は他の国に比べたら希薄に感じる。(あくまで主観)
それでも治安は保たれているし、サービスの質は高い。
もちろんそういった自然体で人に暖かく振舞える人が日本にはいないとは言わないけど、日本人は本音と建て前を使い分けるので、中々自分らしい振る舞いができない。
また「規律」は基本的に本能に反していることがあるので、やっぱりストレスになりやすい。
自分の欲求(本音)を抑えることはストレスに繋がる。
もちろんどこの社会でも生きるにはそれなりに抑制は必要になるけど、日本はとくに厳しいように見受けられる。
みんなが欲求を抑えているから、なんとか治安のバランスが保たれているように見える。
その我慢の影響が痴漢の多さだったりポルノ大国と呼ばれたり(男の例)。
そういうところに日本の日常的に受けているストレスの強さが現れていると感じる。
もしかしたら「日本の治安」はストレスで維持されているのかもしれない。
そう考えると日本の治安の良さやマナーの高さが健全な形で成り立っているのか疑問が出てくる。
自己意識の高さは大事だけど、高いなりに別のところに反動が出てるなぁと思う次第。
という感じで自分はこのハスの実験の結果からこんな考えに発展した。
まぁ健全な形ってなんだ?って気もするし、これでも他国や昔に比べたら十分って見方もできるし、感じ方考え方は人それぞれよね。
ただ自己意識があまりない人は人の目を気にして我慢しないから割と楽しそう、幸せそうな人が多いって印象。
自分は自己意識高すぎて辛いから、こういう人羨ましいなぁって思いますな。