翻訳文提出に際しては翻訳文を作りましょう | 知財業界で仕事スル

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知財業界の片隅で特許事務所経営を担当する弁理士のブログ。

最近は、仕事に直結することをあまり書かなくなってしまいました。

本人は、関連していると思って書いている場合がほとんどなんですが…

特許屋さんにのみ通用する話で恐縮だが、特許屋さん以外にも理解できるように書くのは至難の業になるので、特許屋さん以外には通じない内容になることを前提に書くことにさせてもらう…


ちょっと前のことになるが、別の特許屋さんと話をしていたときに驚いたことがある。日本語で書かれた特許請求の範囲の英語に翻訳するのに、原文で「…であって、…を特徴とする○○装置。」と書いてあっても、「characterized in that」という表現を使わず、代わりに「wherein」を使うという。その理由は、「characterized in that」を使うと、ジェプソン型クレームとみなされて不利になるから。

私は、エッと驚いてしまった。

そんなことをしたら、それはもう翻訳文ではなくなってしまう。特にPCTの時には翻訳文を提出する必要があるので、普通に翻訳したら不利になるからといって、出願人に都合のよいように変形を加え、それを翻訳文として提出したら、これはまずい。「翻訳文を提出する」という手続要件を満たしていないことになりかねないから。

日本語のクレームで本発明の特徴を最後に書いているのであれば、その部分は特徴となっているように翻訳文でもなっていなければいけない。理由は極めて単純で、翻訳とは原文の意味をキープしたままで違う言語に置き換える作業だから。

実際、日本では今でも、基本的にエレメントByエレメント式で書いても、本発明のコアとなる特徴だけは最後に書く、というやり方を多くの日本人実務家がやっているようだし、クライアントからそのような指示がでている場合もあるようだ。最後に特徴が書かれていると、何が発明かをすぐに把握できるから、たとえば後日みなおしたときなどに作業効率がよい、みたいな意図でそうしているようだ。

しかし、意図が何であれ、特徴を特徴として書いているのであれば、その特徴は特徴として英文でも書かれないと翻訳にならない。そうでなければ、その英文はもう翻訳文ではない。そして、この意図的な「誤訳」を、「ジェプソン型で翻訳すると、アメリカで不利になるから」という理由をつけて実行していると、危険。たとえば、翻訳を翻訳者さんにやってもらう際に、「…を特徴とする」という表現を「characterized in that」や「characterized by」などといった風に翻訳してしまうと米国で不利に取り扱われるので「wherein」に変えてください、というような指示を出願人側(代理人も含む)が翻訳者に出していたとして、それが裁判で証拠としてあげられたりしたら、相当まずいことになると思う。

これに限らず、原文の誤記を修正したり、原文の理解しにくさを修正した内容の英文にして、それを“翻訳文”として提出しているケースも多くあるようだ。日本語上の誤字脱字みたいなのや分かり難さを、そのとおりに英文でも誤字脱字状態や同程度の分かり難さで翻訳するのは不可能ではある。しかし、原文の間違いを間違ったままに翻訳できる場合(たとえば、数字の間違いとか)に、そ知らぬ顔で英文で修正していたら、これも危ない。原文の内容に加筆したりして分かりやすくした英文を作って「翻訳文」として提出していたら、これも危ない。

翻訳文を提出する義務、というのをすっかり忘れている実務家が日本に多いと思う。不公正対応とみなされるためには、審査官を欺く意図が必要になるので、翻訳でないものを翻訳文として単に提出するだけでは、即特許無効みたいなことにはならないけれども、欺く意図があったかどうかの判断は常に微妙となる。中途半端にできる実務家が、「ジェプソン型で翻訳すると、アメリカで不利
になるから」という理由を想定しながら、「特徴とする」を「wherein」と訳しているとしたら、そこには“意図”が透けて見えてくる。

翻訳文を提出する際には、正しい“翻訳”作業によって作られた翻訳文を提出しなければならない。PCT出願時にジェプソン型の表現で書かれたクレームを米国でジェプソン型として審査されるのを避けるのであれば、翻訳文はジェプソン型で提出し、追加で予備補正書を提出するべき。それを一度に一緒くたにやってしまうような“翻訳文”を提出するのは、翻訳文を提出していおらず、法律上要求されている手続きを行わなかったことになり危険だ。ましてや、不利になるのを避けるため、それを意図的にやっているとなると、ますます危険だ。

なお、誤解を避けるために付言しておくが、いわゆる“直訳”を推奨しているのではない。日本で言われる“直訳”はしばしば“訳”ではない。たとえば、PCT出願の翻訳文は“直訳”でないといけない、ということで、英単語は並んでいるけれども、英語ネーティブがまともに読めない文章を作って、これでよい(これが正しい)、というようなことを真顔で主張する人もおられるようだ。しかし、そんな“直訳”は、そもそも“訳”ではないので、直訳・意訳の議論以前の問題として、切って捨てなければいけない。

それから、米国出願時に、米国流のクレームだとして、独立クレームの最後が(wherein+特徴部分)となっているクレームを書いている日本人は今なお多いようだが、そんな書き方は米国ではしないので悪しからず。エレメントbyエレメントだけで書くのが、米国の常識。Wherein書きをするといろいろ損になり、まだcharacterized in that形式で書いてある方がマシだ、という米国の専門家がいるくらいである。
この点もいろいろ面白いのだが、書き出すとキリがないので、ここまで。





さて、臨時の日本出張とあいなった。

最近は、期間が「最長不倒」な趣きのある出張が多かったのであるが、今回は逆に「最短不倒」だ。この記録を塗り替えるのはたぶん容易ではない。なぜなら、たった1日、日本に居るだけだから。それでも、DCから日本に行って帰ってくると、DC基準でいくと合計4日間の出張となる。なんと飛行機に乗っている時間の長いことか…

今回、わざわざ日本まで行くにもかかわらず「最短不倒」の出張となったのは、極めてプライベートなことで、妻が双子を妊娠中だからである。前回の出張(3月)を終えた後はとうぶん出張しないと約束していたのだが、どうしても行かなければならない用事ができてしまった。で、最短(日本滞在は1日のみ)の出張とすることで許してもらった。

さて、さて、ちょっくら行ってくるかな。妻の平安を祈りつつ…