指揮者はえてして過大評価されやすい。

プロオケはそれを簡単に見抜く。

有名な指揮者ですら、少なからず

過大評価されているのだ。

破綻しないのは優秀な

コンマスと優秀なオケメンバーの

おかげだったりする場合が

実は少なくない。

指揮者のビジョンと、それを伝える才能、

情熱、ユーモア、そして人柄に共感すると

オケとコンマスは良い演奏を「請け負う」。

そしてどうやらこの指揮者の設計図は

悪くないぞ、いやむしろユニークで

おもしろい、と思った日には、それはもう

素晴らしい感動的な名演になったりするのだ。


このシステムを理解してない若い指揮者、

才能のない指揮者、勘違いする指揮者、

指揮者ですら無い指揮者、指揮者ヅラする

指揮者はアウトなのだ。そしてこのタイプは

実は意外と多い。また、このタイプの指揮者を

崇める未熟な共演者がヘタに共感する

最悪の場合も少なからず存在する。これは

本当に良くない、まったく良くないケースで、

異様な空気に充満された歪な触り心地の悪い

なんとも収まりの悪い演奏会になってしまう。

いつの時代もどのジャンルも、奇妙に陶酔した

自己満足の世界は気持ちの良いものではない。


それはつまりオーディエンスへの冒涜を

意味する。そんなコンサートに遭遇すると

大変に失望するし落胆するが、そんな中例えば

健闘する、孤軍奮闘する有能な共演者、

例えばオペラの本番でのそういった稀有な

才能を有する歌手がいたりした場合は、

とても救われた気分になる。と同時に

勘違い或いは未熟な指揮者に対して

とりあえず頑張れ、あの歌手の邪魔を

極力しないでくれ、余計なことを一切

しないでくれ、と、心の底から願うのだ。