植木屋になる前は、コンピュータのプログラマーだったんです。。
そのプログラマーのとき、胃潰瘍になりまして、
先輩に言われたんです。
「お前も、もうちょっとで一人前だな」って。
つまり、胃潰瘍になるくらい当たり前だって世界。
その後しばらく考えまして、
もっと健康的な仕事をしたいな~って、
身体を動かす仕事がしたいな~って、思ったんです。
それで、いろいろやってみたんですけどね、
私のやってみた身体を動かす仕事って、建物が建っていく仕事が多かったんです。
これから先、私が沢山仕事していったら
どんどん「建物」が増えていくのか~って思ったら、
なんとなく良い気持ちになれなくて、、
それでですね、、
植木屋だったら、どんどん木が増えていく。
それが良いじゃないか!って思って、
それで、植木屋にしようって思ったんです。
先ず職安にいって、「造園」の募集をいろいろ見ました。
だいたい造園の募集案内に書いてある内容は、おおざっぱな記述がほとんど。。
でも、
その中で、やたら詳しく書いてある募集があったんです。
「変わってるな。面白いな」って思って、そこに面接に行ってみました。
親方にいろいろ案内してもらったんですけど
そこでですね、、
その親方は土地を持ってなかったんです。
土地(場所)は全部、借りてやってる。
私の知ってる植木屋っていうのは
農家みたいに土地を持ってて、そこで商売してるっていうイメージで
それと全く違う。
私の親はサラリーマン、広い土地をもってるわけじゃない、
で、そんな私でも植木屋って出来るものなのか?
っていう不安が少しあったものですから、
その親方の話を聞いて、「この親方の真似をすれば、私にも植木屋が出来る!」って
なんか自信が涌いてきて、嬉しくなったんです。
私はその親方に入門することを決めました。
1994年、私が25才の時です。
♪
しかし
仕事は厳しかった。。
親方は仕事となると人が変わり、鬼みたいでした。
面接で案内してくれた時は、あんなに優しかったのに、、、
あの時は、仕事モードじゃなかったのだ。。。
あ~、ダマされたと思いつつ、頑張りました。
親方は怖かったですが、人間的に素晴らしい人で、今でも尊敬しています。
そこで学んだことは技術はもちろんですが、道徳、礼儀といったことが多かった。
一番言われたのは「お客さまを大切にしなさい」ということ。
親方には感謝しています。
♪
1998年、1月、
私は独立しました。
そのとき、2ヶ月分くらいの仕事は約束がありました。
しかし、それが終わると、、無し。
自分の仕事は全く無し。
そこからしばらく、私は先輩の手伝いをして食いつないでいました。
先輩から色々アドバイスをもらって、
初めて自分の新規のお客さまから、見積りの電話がかかってきたのが
1998年の10月。
その時は、本当に嬉しかったです。
飛び上がって、飛び跳ねて、喜びました。
♪
そこから今までなんとか続けてくることが出来ました。
いろんな人に感謝しています。
お客さま
家族
親方を始めとする諸先輩方
助けてくれた同僚、後輩、弟子
いろいろな職人さん
いろいろなスタッフ
ほんと
感謝です。
♪
2012年の2月、私は43才になります。
妻、小学校6年の長女、4年の息子、2年の次女と
東京都三鷹市、大沢というところに小さな建て売りの家を買い、
毎日、野川と天文台の山を眺めながら生活しています。
こんな私を、
どうか よろしくお願いします♪
㈱庭の音 斉藤吉一
http://www.monogusa.net/
庭木の剪定/三鷹, 調布, 府中