前回投稿よりかなり日が開いてしまいました。
現在はフィリピンを後にし、活動拠点は日本(大阪)となっております。
ここ大阪で幼児教育に携わり、子どもたちの大いなる可能性を感じ、理解する為に日々過ごしております。
そんな中、新たなる人との出会いがあり、これからも大切にしていきたいと想う次第です。
これからもよろしくお願い致します。
今日はFatherベン(ベン神父)の書かれた、スモーキーマウンテンについての本が出版されるにあたってのセレモニーに出席して来ました。
これがその本です。↓

(日本語訳版がまだないです。)
このイベントではMga Anak ni Inang Daigdig(母なる大地の子供たち)によるショーもありました。
なぜかと言うと、ベン神父はこのグループの団長でもあります。
ダンサー達とベン神父には本当に強い関係があり、皆神父を尊敬しています。
僕もベン神父にはいつもお世話になっています。
詳しくはこちらをご覧ください
→ http://www.secondline.jp/riseasia_site/cme/top.html
こちらが母なる大地の子供たち↓

こちらがベン神父↓

ショーの様子



フォークダンスと教会の相性がすごく良くて、とても美しかったです。
そしてこのプロジェクトはフィリピンのクバオ・ウエスト・ロータリークラブの人たちの協力のもと行われています。
ここのロータリーの人たちは、僕たちのNGO団体、RAISE ASIAの活動にも関わって頂いています。(スモーキーでのデイケアセンターの設立など)
という事もあり、僕自身、たまに彼らの他の活動にも参加させて頂き、いい経験をさせて頂いてます。


セレモニーが無事に終わると、
本の販売があり、そこではベン神父が1冊1冊にサインをしていました。


その隣りでは、ルーガウ(日本でいうお粥みたいなものですが、すごく美味しいです。)が振舞われていました。

最後はダンサー皆とベン神父で写真を撮りました。
(彼らは今回のショーに来ていたメンバーで、全メンバーではありません。)

ベン神父のスモーキーへの献身的な活動が大いに今後のスモーキーマウンテンの人々、引いては世界中の貧困と戦っている人々の助けになることを願っています。



これがその本です。↓

(日本語訳版がまだないです。)
このイベントではMga Anak ni Inang Daigdig(母なる大地の子供たち)によるショーもありました。
なぜかと言うと、ベン神父はこのグループの団長でもあります。
ダンサー達とベン神父には本当に強い関係があり、皆神父を尊敬しています。
僕もベン神父にはいつもお世話になっています。
詳しくはこちらをご覧ください
→ http://www.secondline.jp/riseasia_site/cme/top.html
こちらが母なる大地の子供たち↓

こちらがベン神父↓

ショーの様子



フォークダンスと教会の相性がすごく良くて、とても美しかったです。
そしてこのプロジェクトはフィリピンのクバオ・ウエスト・ロータリークラブの人たちの協力のもと行われています。
ここのロータリーの人たちは、僕たちのNGO団体、RAISE ASIAの活動にも関わって頂いています。(スモーキーでのデイケアセンターの設立など)
という事もあり、僕自身、たまに彼らの他の活動にも参加させて頂き、いい経験をさせて頂いてます。


セレモニーが無事に終わると、
本の販売があり、そこではベン神父が1冊1冊にサインをしていました。


その隣りでは、ルーガウ(日本でいうお粥みたいなものですが、すごく美味しいです。)が振舞われていました。

最後はダンサー皆とベン神父で写真を撮りました。
(彼らは今回のショーに来ていたメンバーで、全メンバーではありません。)

ベン神父のスモーキーへの献身的な活動が大いに今後のスモーキーマウンテンの人々、引いては世界中の貧困と戦っている人々の助けになることを願っています。



今日はスモーキーの友達の結婚式に行ってきました。
しかし、スモーキーの友達なので、やはりお金の関係で、教会を借りたりした結婚式ではなく、
役所で婚姻手続きをし、その場で神父さんに来てもらって行われるというものでした。

マニラシティホール(Manila City Hall)↑

役所のある一室で行われました。
最初、結婚式と聞いていたし、ちゃんとした招待状までもらっていたので、
指定されていた場所に着いたときには、場所間違えた!?とかなり焦りました。。
しかもちょっとトラブルがあり、予定時刻を15分程遅れてしまっていたのにも関わらず、
式関係者が誰もその部屋にいなかったので、余計に心配しました。。。
結局、彼らは40~50分遅れたくらいに来ましたが。
(ん~、これがフィリピンタイム。汗)
手続きは皆が集まってからは30分くらいで終わりましたが、
そこで僕はある書類にサインさせられました。
なんだったんだろうと、後で聞いてみるとニノン(Ninong)になるためのものだそうです。
ニノンとは何かというと、フィリピンでは結婚する時にスポンサーという人をつけるのが習慣としてあり、
これは「God father」「God mother」と呼ばれるんですが
フィリピン語では「ニノン(男性)」「ニナン(女性)」と呼びます。
そして、これらはスポンサーとも言われているくらいなので、何かあったときには資金的なサポートをお願いできる人たちでもあります。
なので普通は年上の人達が選ばれるものなのですが、僕は結婚した彼より年下です。
(僕はボランティアの身なので資金的なサポートは出来ません、いいのでしょうか?汗)
それはさて置き、この後、スモーキーに戻り、奥さんの方の家でみんなで食事をしました。
フィリピンはビッグファミリーが多く、親戚同士も近くに住んでる場合が多いです。
特に貧困層では、そうして家族で助け合って生活するスタイルが一般的です。
なので彼らの親戚もこのコミュニティに大勢いるので、かなりの人が集まりました。


毎度のこと、料理は自分達で全部作ります。

量がすごいので、もう桶を使っちゃってますね。汗
みんなで食べて飲んで、楽しいひと時を過ごさせてもらいました。
という事で、今日は、結婚式でもフィリピン人は遅刻する。ということでした。
最後に
フィリピンの結婚についてすこし書いておきます。(日本とはかなり違うので)
フィリピン人は敬虔なカトリック教徒なので宗教上の理由から離婚が認められません。
なのでフィリピン国内では協議離婚手続きはありません。
もし離婚したい場合は、離婚手続きではなく、すべて裁判所に申し立てて判決を得なくてはならないのです。
このように現在では離婚制度がない国は、バチカン市国を除けば世界でただ1カ国、フィリピンだけとなっています。
実際はそういった手続きを取らずに、別居という形で事実上の離婚をしているカトリックもかなりいるみたいですが。
しかし、スモーキーの友達なので、やはりお金の関係で、教会を借りたりした結婚式ではなく、
役所で婚姻手続きをし、その場で神父さんに来てもらって行われるというものでした。

マニラシティホール(Manila City Hall)↑

役所のある一室で行われました。
最初、結婚式と聞いていたし、ちゃんとした招待状までもらっていたので、
指定されていた場所に着いたときには、場所間違えた!?とかなり焦りました。。
しかもちょっとトラブルがあり、予定時刻を15分程遅れてしまっていたのにも関わらず、
式関係者が誰もその部屋にいなかったので、余計に心配しました。。。
結局、彼らは40~50分遅れたくらいに来ましたが。
(ん~、これがフィリピンタイム。汗)
手続きは皆が集まってからは30分くらいで終わりましたが、
そこで僕はある書類にサインさせられました。
なんだったんだろうと、後で聞いてみるとニノン(Ninong)になるためのものだそうです。
ニノンとは何かというと、フィリピンでは結婚する時にスポンサーという人をつけるのが習慣としてあり、
これは「God father」「God mother」と呼ばれるんですが
フィリピン語では「ニノン(男性)」「ニナン(女性)」と呼びます。
そして、これらはスポンサーとも言われているくらいなので、何かあったときには資金的なサポートをお願いできる人たちでもあります。
なので普通は年上の人達が選ばれるものなのですが、僕は結婚した彼より年下です。
(僕はボランティアの身なので資金的なサポートは出来ません、いいのでしょうか?汗)
それはさて置き、この後、スモーキーに戻り、奥さんの方の家でみんなで食事をしました。
フィリピンはビッグファミリーが多く、親戚同士も近くに住んでる場合が多いです。
特に貧困層では、そうして家族で助け合って生活するスタイルが一般的です。
なので彼らの親戚もこのコミュニティに大勢いるので、かなりの人が集まりました。


毎度のこと、料理は自分達で全部作ります。

量がすごいので、もう桶を使っちゃってますね。汗
みんなで食べて飲んで、楽しいひと時を過ごさせてもらいました。
という事で、今日は、結婚式でもフィリピン人は遅刻する。ということでした。
最後に
フィリピンの結婚についてすこし書いておきます。(日本とはかなり違うので)
フィリピン人は敬虔なカトリック教徒なので宗教上の理由から離婚が認められません。
なのでフィリピン国内では協議離婚手続きはありません。
もし離婚したい場合は、離婚手続きではなく、すべて裁判所に申し立てて判決を得なくてはならないのです。
このように現在では離婚制度がない国は、バチカン市国を除けば世界でただ1カ国、フィリピンだけとなっています。
実際はそういった手続きを取らずに、別居という形で事実上の離婚をしているカトリックもかなりいるみたいですが。
今日はアンドリュー(KSKのリーダー)の用事に付いて行きました。
用事自体はすぐに終わったので、その後に教会や、チャイナタウンなどに連れて行ってもらいました。





僕はキリスト教信者ではないですが、教会は好きです。
特に大きい教会は、荘厳だし静かで落ち着きます。
フィリピンはスペイン統治下にあったため、ヨーロッパのバロック建築の影響を受けた教会が多く存在します。
中には世界遺産に登録されているもので、バロック様式教会群と呼ばれ、1571年に作られたものもあります。
僕は建築様式に関しては詳しく無いですが、見るのは好きなので、今後フィリピンのいろんな教会に行ってみたいと思います。
教会を訪れた後は、ビノンド地区のチャイナタウンに行きました。
ここビノンド地区のチャイナタウンとトンド地区は東洋最大のスラムとして知られています。
ここが入り口↓

この通りはオンピン(Ongpin)と呼ばれています。
(意味は分かりません。。)
中国の旧正月が近いせいか、通りは結構賑わっていました。
どこもかしこも赤色のもので飾られていたのも印象的でした。
おまけで
通りでは、ペットショップもたまに見かれられ、このように色とりどりの、
アヒルのヒナ、ひよこ、ウズラのヒナなどが売られています。




彼らはどうやって色付けされているのでしょうか。
スプレーか何かかな?
まぁという事で、まとまりのない記事になってしまいましたが、
フィリピンにはいろんな文化があります。
スペイン、アメリカ、日本、韓国、中国など。
これからももっとフィリピンのいろんな顔に出会いたいと思います。
用事自体はすぐに終わったので、その後に教会や、チャイナタウンなどに連れて行ってもらいました。





僕はキリスト教信者ではないですが、教会は好きです。
特に大きい教会は、荘厳だし静かで落ち着きます。
フィリピンはスペイン統治下にあったため、ヨーロッパのバロック建築の影響を受けた教会が多く存在します。
中には世界遺産に登録されているもので、バロック様式教会群と呼ばれ、1571年に作られたものもあります。
僕は建築様式に関しては詳しく無いですが、見るのは好きなので、今後フィリピンのいろんな教会に行ってみたいと思います。
教会を訪れた後は、ビノンド地区のチャイナタウンに行きました。
ここビノンド地区のチャイナタウンとトンド地区は東洋最大のスラムとして知られています。
ここが入り口↓

この通りはオンピン(Ongpin)と呼ばれています。
(意味は分かりません。。)
中国の旧正月が近いせいか、通りは結構賑わっていました。
どこもかしこも赤色のもので飾られていたのも印象的でした。
おまけで
通りでは、ペットショップもたまに見かれられ、このように色とりどりの、
アヒルのヒナ、ひよこ、ウズラのヒナなどが売られています。




彼らはどうやって色付けされているのでしょうか。
スプレーか何かかな?
まぁという事で、まとまりのない記事になってしまいましたが、
フィリピンにはいろんな文化があります。
スペイン、アメリカ、日本、韓国、中国など。
これからももっとフィリピンのいろんな顔に出会いたいと思います。
今日はサントニーニョパレード(Sto. Nino Parade)に参加して来ました。
サントニーニョとは、「聖なる幼きイエス」と言う意味です。(Ninoで子供の意味)
そして、少し歴史的な説明をしておくと、
サントニーニョがフィリピンで敬われているのは、1521年、マゼランがフィリピンのセブ島に到着し、現地の指導者フマボンがキリスト教に興味をもち、その話を聞いて、自分の家族と800人の部下と共に洗礼を受けたが、この際、マゼランが洗礼のお祝いに贈ったのが、サントニーニョの像です。
言い伝えによると、サントニーニョの像はランプの台として使われていたが、油が尽きることなく燃え続けるので、この出来事が部族中に語り伝えられていたというような話や、
その後、様々な伝説が生まれ、セブを発祥とし、今ではフィリピン全土で親しまれていると言うことです。
では、このパレードはどういうものなのかと言うと、
参加している各グループがサントニーニョを乗せた、山車(だし)を
ダンサーやバンド達と共にコースを引くと言うものです。
そして、このフィエスタ(Fiesta)は毎年一月の最後の週の日曜日に行われているもので、
タイトルでも書いたように、このパレードはかなり規模の大きいものです。
なんと参加グループは150程にも及びます。
山車はこんな感じです。↓



様々な山車があり、それぞれ、これもまた様々なサントニーニョを乗せています。
そして、上でも書いたように、それぞれダンサーやバンドがついています。





多すぎて、自分たちの周りにいるグループだけでもとてもユニークですし、
大人数でのドラム演奏はとても迫力があります。
直径1Mはありそうなドラムを持ち上げて叩いたりとパフォーマンスをするグループや、
私たちのグループもそうですが、もっと大きいドラムもあり、それらは台車で引きながら
パレードに参加します。

僕たちはちょうどお昼に集合しましたが、
パレード自体は3時頃から一番最初のグループがスタートでした。
僕たちのグループは97番だったのでスタートしたのが結局6時くらいになりました。。
辺りもだんだん暗くなってきて、
サントニーニョを乗せた山車もライトアップされ、また違った雰囲気になります。

コースはスタート地点のPNB(Philippine National Bank)の前から、マニラベイの前を通り、ルネタパークまでです。
距離にして約4~5キロくらいで、最終地点につくまで3時間程かかりました。
このパレードにはもちろん多くの人が見に来ます。
交差点付近ではこんな状態でした。。

マニラベイ沿いにも多くの見物客


テントまで張っている人もいます

そんな中、ダンサーやドラマー達はパフォーマンスを続けます。


パレードなので1列で進みますが、時には詰まったり、
時には走ったりもしました。。

そしてパレードが終わった頃には9時を過ぎていました。
みんな疲れ果てています。。
でもとてもいい体験が出来たと思います!
皆さんもうご存知の通り、フィリピンは東南アジア唯一のキリスト教国。
フィリピンは過去に約300年間にも及ぶスペイン統治の影響を受けていた時期があるからです。
なので、この国には、文化・言語・宗教など日常生活の様々なシーンで今もスペインの香りが色濃く残っています。
それは今回のようなフィエスタ(Fiesta)と呼ばれるお祭りにも大きく影響しています。
ラテンのノリが満載で、お祭り好きなフィリピンの人達によるフィエスタは
とても楽しい気分にさせてくれます。
フィリピンには他にも様々なフィエスタがあります。
なので、フィリピンに来る際には、イベントの時期をチェックしてから来られることをお勧めします。
と言うことで、今回はSto. Nino Parade でした。
是非、現地でこのラテンのノリを味わってみてください!
サントニーニョとは、「聖なる幼きイエス」と言う意味です。(Ninoで子供の意味)
そして、少し歴史的な説明をしておくと、
サントニーニョがフィリピンで敬われているのは、1521年、マゼランがフィリピンのセブ島に到着し、現地の指導者フマボンがキリスト教に興味をもち、その話を聞いて、自分の家族と800人の部下と共に洗礼を受けたが、この際、マゼランが洗礼のお祝いに贈ったのが、サントニーニョの像です。
言い伝えによると、サントニーニョの像はランプの台として使われていたが、油が尽きることなく燃え続けるので、この出来事が部族中に語り伝えられていたというような話や、
その後、様々な伝説が生まれ、セブを発祥とし、今ではフィリピン全土で親しまれていると言うことです。
では、このパレードはどういうものなのかと言うと、
参加している各グループがサントニーニョを乗せた、山車(だし)を
ダンサーやバンド達と共にコースを引くと言うものです。
そして、このフィエスタ(Fiesta)は毎年一月の最後の週の日曜日に行われているもので、
タイトルでも書いたように、このパレードはかなり規模の大きいものです。
なんと参加グループは150程にも及びます。
山車はこんな感じです。↓



様々な山車があり、それぞれ、これもまた様々なサントニーニョを乗せています。
そして、上でも書いたように、それぞれダンサーやバンドがついています。





多すぎて、自分たちの周りにいるグループだけでもとてもユニークですし、
大人数でのドラム演奏はとても迫力があります。
直径1Mはありそうなドラムを持ち上げて叩いたりとパフォーマンスをするグループや、
私たちのグループもそうですが、もっと大きいドラムもあり、それらは台車で引きながら
パレードに参加します。

僕たちはちょうどお昼に集合しましたが、
パレード自体は3時頃から一番最初のグループがスタートでした。
僕たちのグループは97番だったのでスタートしたのが結局6時くらいになりました。。
辺りもだんだん暗くなってきて、
サントニーニョを乗せた山車もライトアップされ、また違った雰囲気になります。

コースはスタート地点のPNB(Philippine National Bank)の前から、マニラベイの前を通り、ルネタパークまでです。
距離にして約4~5キロくらいで、最終地点につくまで3時間程かかりました。
このパレードにはもちろん多くの人が見に来ます。
交差点付近ではこんな状態でした。。

マニラベイ沿いにも多くの見物客


テントまで張っている人もいます

そんな中、ダンサーやドラマー達はパフォーマンスを続けます。


パレードなので1列で進みますが、時には詰まったり、
時には走ったりもしました。。

そしてパレードが終わった頃には9時を過ぎていました。
みんな疲れ果てています。。
でもとてもいい体験が出来たと思います!
皆さんもうご存知の通り、フィリピンは東南アジア唯一のキリスト教国。
フィリピンは過去に約300年間にも及ぶスペイン統治の影響を受けていた時期があるからです。
なので、この国には、文化・言語・宗教など日常生活の様々なシーンで今もスペインの香りが色濃く残っています。
それは今回のようなフィエスタ(Fiesta)と呼ばれるお祭りにも大きく影響しています。
ラテンのノリが満載で、お祭り好きなフィリピンの人達によるフィエスタは
とても楽しい気分にさせてくれます。
フィリピンには他にも様々なフィエスタがあります。
なので、フィリピンに来る際には、イベントの時期をチェックしてから来られることをお勧めします。
と言うことで、今回はSto. Nino Parade でした。
是非、現地でこのラテンのノリを味わってみてください!
