本書は、ブラジルのアマゾン川流域に住む少数民族だあるピダハンの独特の世界観、言語体系を通して私たちが考える常識へ再考を促す本である。言語人類学者であり宣教師の著者はピダハンと30年にわたり生活を共にする中で、彼らの文化体系に基づく言語の特徴を把握していく。例えば、ピダハン語では、「ありがとう」や「こんにちは」といった社会や人間同士の関係を維持したり、対話の相手を認めたり和ませたりする言葉がみられない。

ある日家族が熱病にかかり船で病院へと向かう道中でのんきな船員たちの態度に著者は腹を立てる。しかし、彼が抱える難題はブラジルに住む人からすれば毎日遭遇する不運の一つに過ぎないものであり、ブラジル人は人生の難局にに直面して慌てふためいたりせず、あるがままの事態を受け入れ、たった一人でも立ち向かっていくのだ。

著者はピダハンが未来を描くことより一日一日をあるがままに楽しむ傾向があるのではないかと次第に考えるようになる。将来よりも現在を大切にするため、ピダハンは何をするにも必要以上のエネルギーを消費しようとしない。彼らは昼も夜もよくうたた寝をし夜は夜通し大きな声で話す。彼らは「寝るなよ、蛇がいるから」と忠告するが、実際にそうなのだろう。ジャングルでは熟睡することは危険な行為なのである。

ピダハン流の子育てでは原則として暴力は存在しない。その代わりに各々に責任があり子供と大人という区別もさほどない。１０代のピダハンたちはあらゆる社会の１０代のように傍若無人であり破天荒である。しかし、ピダハンの若者が引きこもっているのは見たことがない。概して若者は働き者でよくピダハンの社会に順応している。彼らからは青春の苦悩や憂鬱、葛藤が見えず、また答えを探しているようにも見えない。答えは目の前にあるのだ。新たな疑問を投げかけることもない。このように安定してしまうと想像と個性という西洋においては重要とされる要素は停滞しがちになる。文化が進化して進歩していくことが大切だと考えるならこのような生き方はまねできない。なぜなら文化の進化には対立や葛藤、難題を乗り越える精神が不可欠であるからだ。しかし、自分の人生を脅かすものがなく、自分の属する社会が皆満足しているのなら、変化を望む必要があるのだろうか？伝道師たちがかつて村へたどり着いたとき、ピダハンへ「この村に来た理由を知っているか？」と問うと、「お前がここへ来たのはここが美しい土地で水がきれいでピダハンがいい人間だからだ」と答えた。昔も今もピダハンはそう考えている。人生は素晴らしい。ひとりひとりが自分で自分の始末をつけられるように育てられ、それによって人生に満足している社会が出来上がっている。この考え方を否定するのは難しいのではないだろうか？

ピダハン 読書メモ

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