生き方カウンセリング  -2ページ目

生き方カウンセリング 

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世の中の多くの人が幸せだと思っているものは、他の言葉で言い換えれば、優越感ではないでしょうか。



厳しい競争に勝ち、他の人たちより上の立場に立って、より多くのお金やより良い地位が得られれば、それが幸せだと多くの人が考えているのです。



しかし、もしそういうものが幸せなら、幸せというのは非常に不安定で、いつ消えてしまってもおかしくないものなのではないでしょうか。




いくら競争に勝って幸せを感じても、それはほんの短い間だけであって、僕らはすぐまた次の競争に臨まなければなりません(例えば、プロ野球やJリーグではどこのチームが優勝しても、次の年になればすぐに新しい競争が始まります)。





そして、そこで負けてしまえば、即、幸せから不幸へと転落しなければならないからです。



人間はふつうの考え方で生きていれば、死ぬまでそのような競争から逃れることはできないのですが、ということは、僕たち人間は生きている間中、常に幸せと不幸の間で激しいアップダウンをくり返していくしかないということになると思うのです。




まぁ、多くの人が人生というのはそういうものであって、どうすることもできないと諦めているわけですが、そういう人生観の中で徹底的に絶望を味わった挙句、ひょっとしたら僕らが思っている幸せとは別の幸せというものがあるのかもしれないと思い始める人もいるのです。



そして、彼らの中で本当の自分に目覚めることによって、一般的な人生観から抜け出した人が、本当の幸せというのは、優越感や劣等感とは無関係だということを見抜くのです。




本当の幸せというのは、1人1人バラバラな人間が他との比較の上で優っている時に感じるものではなく、むしろ人間というのはすべての人が本質的に同じ1つの命であって、お互いの間に優劣はないとわかった時に感じるものです。





つまり、本当の幸せというのは、そのように他との比較という要素は含んでいないので、永続性があるわけなのです。




いったん本当の幸せに目覚めたら、その幸せは何かのきっかけで消えてしまったりはしないということなんですね。




話は最初に戻りますが、優越感と劣等感は同じコインの裏表の関係にあるので、実は、大きな優越感を感じている人は、何かの拍子に状況が一変すれば、その途端に強烈な劣等感を味わう危険性に常にさらされているのです。



でも、そんな両極端な感情とは無縁の世界に目覚めなければ、いつまで経っても浮き沈みの激しい人生ドラマからは自由になれないということなのです。




ドラマが楽しめるうちは、大いに楽しんでください。



でも、それに疲れたら、もっと平和でのんびりした世界にも興味をもってほしいと思います。






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今回の記事も、今年3月に書いた記事です。



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大きな事故や不治の病で死にかけた人が奇跡的な生還を果たすと、人間というのは、本当は自分の力で生きている存在ではなく、人知を超えた大きな力によって生かされているということに気づくと言いますが、そのことに気づけたら、それこそ人生観がガラッと一変すると思います。




ふつう僕たちは、自分の力で一生懸命頑張らないとお金も稼げないし、生きていけないと思っていますが、お金を稼ぐとか何とか言う前に、まず空気や水や太陽からのエネルギーがなくては、そもそも僕たち人間は存在できません。



いくらお金があっても空気がなければすぐ死んじゃいますし、水がなければ肉体を維持できませんし、太陽がなければ僕らの食べる植物などが育ちません(でも、空気も水も太陽も、どれも僕ら人間にはつくれないのです)。





また、僕らの肉体だって、呼吸するのも、心臓を動かすのも、食物を消化・吸収・排泄するのも、どれも僕ら人間がいちいち頭で考えてやっていることではなく、いわば人知を超える大きな力によって自動的に行われているのです。



そういうことを考えると、僕ら人間が生きていく上で自由にできるのは、ほんのほんのわずかな事柄に限られているのであって、その他のほとんどの部分は、僕らがこの地球上でちゃんと生きられるように最初から与えられているものなのです。



そして、その与えられているものは、人間がかき乱さなければ、お互いに自然な調和を保ち、僕らに生きるためのベストの条件を提供してくれているのです。




それなのに僕らは、こんなとんでもなく大事な事に気づいていないのです。



それがあまりにも当たり前すぎて、意識もできないし、感謝の気もちも起らないのです。




空気や水や太陽が存在し、僕らの体の肝心な部分は自動的に働いてくれているという現実は、僕らが日々の生活を営む前提かつ舞台であり、そういう意味では、この舞台は最初からちゃんとお膳立てされているのですが、僕ら人間はそのことを忘れ、舞台上で自分たちがくり広げる愛憎渦巻くドラマだけに気をとられ、自分は幸せだとか不幸だとか言って大騒動しているのです。



舞台がなければ、そもそもそんなドラマなど演じることさえできないのに、そんな肝心なことに気づかずに、自分は不運だとか、人生がうまくいかないと言って嘆いているのです。




こういう様子を神さまが見れば、「いったいキミらは、どこを見てるんだい。キミたちは、お互い同士で競争し、いろんなことを比較して、自分が勝ったとか、あいつには負けたとか大騒ぎしているけど、私の目から見れば、キミらの違いなんてどうでもいいことだよ。そんなことより、そんな微々たることで争ってないで、最初からとんでもなくたくさんのものを与えられていることに感謝し、もっと広い心になって、みんなで仲良く遊んだらどうなんだい」というような感想をもつんじゃないでしょうか。




まぁ、以上のような見方をすれば、僕ら人間は致命的と言っていいほど視野が狭いと思います。



とんでもなく大事なものを、とんでもなくたくさん与えられているのに、それを無視して、人と比べて足りないほんのわずかなものに大騒ぎしているのですから。




舞台の上で演じているドラマでとことん苦しんだら、それはドラマを演じる舞台を与えられているという根本的な幸せに目覚める時だと思います。





その幸せに気づけたら、人生ってなんと素晴らしいものだと、世界が一変すると思いますよ。







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今回と次回の2回分の記事は、今年3月に書いた記事を再び掲載したいと思います。



どれも本当の自分に目覚めるためには非常に役立つ記事だと思うので、よかったら是非読んでくださいませ。



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残念ながら僕には経験がないんですが、自分に子どもができたことを知り、その子が今まさに生まれようとする時には、たいていの親は、五体満足で生まれてくれればそれでいいと願うんじゃないでしょうか。



でも、子どもが実際に誕生し、だんだん大きくなってくると最初の願いはどこへやら、自分の子どもと他の子どもを比べ出し、自分の子が何とか人並みに、いや、できれば人並み以上になってほしいと、いろいろと気をもむようになるんですよね。





それで、自分の子に他の子どもより優れた点が見つかれば喜び、逆に劣っているところが見つかるとガッカリするという、親としての悲喜こもごもを味わうわけなんですね。




思うに、子どもが生まれる時に、五体満足であればいいと願った時の親の精神状態というのが、人間が本当の自分に目覚めた時の精神状態に近いのであり、反対に、その願いを忘れ、だんだん子どもに対して欲が出てきた時の親の感じ方というのが、自我(エゴ)こそが自分だと信じて生きているほとんどの人間の感じ方そのものではないかと思うのです。




自我が自分だと信じて生きている人たちは、人間というのは他の人より上の立場に立てれば幸せなのであり、逆に、人より下になってしまったら、それは不幸だと考えているんじゃないでしょうか。



まぁ結局、幸・不幸というのは、他人との比較によって決まるものだという考え方です。




でも、その一方で、本当の自分に目覚めた人は、自分が今生きているという事実に価値を感じられるんです。



そして、そのことに「有り難いなぁ」と、しみじみ感謝の念さえ感じることができるんですね。




まぁ、僕に言わせれば、自我で生きている人たちは、一番大事な基本を忘れちゃってるんですね。



基本であり、土台であり、ベースである、今自分は生きているという肝心な事実を忘れ、人より上だとか下だとか、人間が勝手にこしらえたモノサシを使った競争での勝ち負けに大騒ぎをしてるんですよね。



人間の自我が協力してつくり上げたホントに狭い人間社会の中での優劣こそが、自分の幸・不幸を決めるんだと思いこんじゃってるんですよね。




まぁ、そういう狭い世界しか生きる場所はないと信じている人は、他人との競争に勝たなければ生き残れないと考えるので必死ですよね。



人のことなど考えている余裕はなく、とにかく人より上に立つことが肝心なんだと血眼になってるんですよね。



こういう世界って、競争に負けた人はもちろん心も体もボロボロになりますが、実は、競争に勝っている人も、いつも緊張でピリピリし、ストレスにまみれてるんですよね。



競争に勝った時だけはほんの一瞬喜びに包まれますが、またすぐに緊張とストレスの毎日に戻っちゃうんですね。






まぁ、僕ら現代に生きる人間の味わう喜びや幸せって、こういうもんだと思うんです。



ほんの短い間、そういう喜びや幸せを感じるだけで、むしろその何倍もの緊張やストレスを味わうような人生を僕らの大部分が生きていると思うんです。



これじゃあ、心を病む人がたくさん出てくるのも当然ですよね。




だから、こんな瞬間的で表面的な喜びや幸せではなく、もっと永続的で根本的な幸せもあるんじゃないでしょうか、と言いたいんですね。



その永続的で根本的な幸せというのが、今自分が生きていること自体に価値を見出すという幸せなんです。



競争に勝つとかなんとかいう前に、そもそも自分が生きていることがなんと不思議で、素晴らしく、また有り難いことなんだろうと思える幸せなんですね。




この幸せを味わうには、まず、競争が支配している狭い世界から外に出ないといけません。



まぁ、ふつうは出られませんが、大病をして死にかけるとかすると、出られると思うんです。




出られたら、とんでもなく広く自由な世界が待っています。



だって、別に人との競争になど勝たなくたって、こういう幸せならいつだって感じることができるんですからね。




この広い世界に出てくれば、気分も穏やかでノビノビしてくるので、今まで緊張して出てこなかったいろんな能力も出てきます。



それに、ただ生きているということだけで喜びを感じられるのですから、他の人とぶつかることもなく、むしろ人と自然につながれるようになるんですよね。



そして、もちろん、心身ともに健康になれますし。




1人でも多くの人が、狭い世界で苦しんでないで、この広い世界に目覚めるといいと思います。



人生観が相当変わらないと、そういう広い世界があるということにさえ気づけませんが、是非、人生観を変えて、こっちの世界の素晴らしさに目覚めてほしいと思います。






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