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yoshiの思考回路

世の中の矛盾、理不尽

昔からいじめは消えない

何故人は弱い人をいじめるのだろう?

 

気が弱い人間が少しでも上に立ちたいが為に

弱い人間を攻撃するのか?

そんな事して何になるんだ?

 

最近のいじめは陰湿って聞くけれど

時代がどんどんデジタル化して

今は当たり前のように携帯、スマホがあるから

いじめが陰湿、というか残酷化していっている

 

少し昔話をしよう

 

自分は小学生の時、本当に大人しい内気な性格で

クラスの中でどこかにいた…?くらい目立たなくて

存在感が薄かった子供でした

 

そんな時、中学に入学すると…

今でも信じられないけどドラマであった

ごくせん?とかGTO?とかあんな世界で

本当に不良、悪の集団が集まってしまったんだよね

 

授業中に筆箱、教科書を出して勉強なんてしていたら

確実に嫌がらせされる

気の弱い子はまず筆箱を隠されたり鉛筆折られたり

前の悪から「暑いから窓あけろ!」って言われ、

後ろの悪から「寒いから窓閉めろ!」と言われていたり…

凄まじいクラスでした

 

実は自分の一つ上の学年がとんでもなく荒れていて

髪はピンクや赤は当たり前

俺らの校舎のトイレで女子といちゃつき

誰かが“トイレの扉開けて!”と開けさせたら

邪魔するな!とボコられる

転校生が来ると、先輩が洗礼をし声を掛けにいって

自分のクラスにいるから同級生と思うよね?

タメ口で話したらボコられる

少し先輩に口答え?的な事をした子がいて

授業中だろうがクラブ活動中だろうが

そんなのおかまいなしに突然集団で入って呼び出し

先輩集団に拉致られる

 

そんな漫画みたいな世界でした

 

一番可哀想なのは先生で…授業がまずできない

悪2人がかりで先生を取り押さえ、ほうきの角で指骨折させたり

ベランダへ追い出して入れないようにロックかけたり

何なら廊下へ追い出したりもしていたよね

書いた黒板後ろから消されていったり

テスト中、スリッパが飛んできたり

まぁ、ありえない世界で

ちなみに担任の先生は女性だったけど

本当に大変だったと思います

 

真面目に授業したい生徒は…どんな心境だったんだろう

何のために学校に行くのか?わからない時があって

親にも行かなくていいって言われたっけ

 

俺も、大人しい性格だったから衝撃受けたけど

このままでは絶対いつか殺されると思った

強くならないと、強くならないと…

 

入学当初、目をつけられた事があって

先輩の洗礼を浴びそうになったんだ

そこで「なんだこいつ?」みたいな事を思ったんだけど

特に歯向かわなかったから良かったものの、

もう一人の子は何か言ったのかな?

そしたら毎日付き纏われてた

 

何とか3年間生き延びたけど

今思い返しただけでもあの悪夢は思い出したくない

その頃の俺は本当に弱かったから

母にはよく「嫌な事は嫌!ってはっきり言いなさい」って

言われていたっけ

簡単に言うけど、最初が肝心で

第一印象で舐められなければ絶対に何もされない

むしろ相手が自分より強い奴なら仲間に引き込もうとする

舐められてから、歯向かえば

確実にやり返してくる

群れが出来上がっているから

そんな勇気はその時はなかった

 

だから高校入学時、このタイミングしかないと

全てをリニューアルさせた

髪型変えて

眼鏡をコンタクトに

筋トレを続けて体鍛えて

ピアスを開けて…

 

悪になったわけではないんですよ?

今でもずっと大好きなDIR EN GREYというバンドが

ちょうどデビューした時で

テレビに出てたんですよね

その時のデビュー曲「残-zan-」って曲が

凄すぎて自分の中で衝撃が走り、覚醒してしまいました

なんて言うんでしょう…叫び暴れまわってるパフォーマンスに

歌ってこんな世界もあるんだ…って

今までの自分がある意味ぶち壊されました

 

それから世界が変わって

強い気持ちを持つ事ができて誰とでも話す事ができるようになった

高校は、中学ほど荒れていなかったけど

(中学が異常すぎた)

両親曰く、俺の笑顔が戻ったらしい

 

 

その当時はまだ携帯電話が普及し出した時だったから

今とはまた時代が違うんだろうけど

どこにいっても陰湿ないじめは消えない

世の中が便利になってくればくるほど

いじめ自体もどんどん陰湿になっていくんだろう

 

まずは自分の愚かさを知れ

自分がされて、嫌な事は

他人にもしない

 

それと強い気持ちを最初から持つこと

最初が肝心

 

加害者は、いつか天罰が下る事を祈るばかり

取返しのつかない事態になる前に―

今日は自分の誕生日

 

自分が生まれた一年で唯一の日

 

歳を公開するほどもう若くないんだけど

それなりに今まで生きてきました

 

雨男とずっと母親に言われ続けてて

何をやってもここ一番っていうイベントの日は

全て雨を呼ぶ男で

運動会とか遠足とか

デートの日に台風呼んだりとか

今日は仕事で大事な大一番!って日に台風呼んで店を閉店させたりと苦笑

本当に今まで雨ばっかりだったんだけど

 

母親に、俺が生まれた日だけはしっかり覚えててくれていて

雲一つない大快晴だったってその言葉、すごく覚えてる

出産時、かなり時間がかかって大変だったっていう事も

 

365日一年間で唯一自分だけお祝いしてくれる日が誕生日

…のはずなんだけど

あんまり良い想い出がなくて

特にここ数年は事情もあって全く何も変わらない日になっていた

 

人によって考え方は違うと思うんだけど

誕生日ってお祝いする日なんですよね

平日と何も変わらない

歳とってめでたくもないからお祝いなんていらないって人もいるから

それが当たり前になってしまっていたのもあって

逆に嫌な気分になる事さえあった

こんな日なんてなくなってしまえばいいと

誕生日を失った

自分が生まれた事を否定された気にもなった

 

でも、幼少期の想い出を振り返ると

誕生日ってすごく楽しくて嬉しくて待ち遠しくて

両親から特別な日って思い出しかなかったから

どこかしら期待していた部分もあったのかな

 

全く無関心になってしまったら

誕生日なんていらない

期待するだけ無駄になる

一言のおめでとうでも

言われたら誰だって嬉しいし嫌な気分はしない

そういう気遣いをしてくれたら誰だって嬉しいはずなのに

他の日で埋め合わせ?他の日は誕生日ではない

生まれた日はこの日だから誕生日なんだよ

これって人によって本当に考えが違うのだろうね

 

前回にも書いた【分岐】の話

いくつものいくつもの分岐に分岐を重ねて

奇跡としか思えない程の確率で自分が誕生した日が今日

考えたら、すごい事なんだよね

何か一つでも分岐が違っていたら

自分はこの世に存在していない

 

そう思えば

誕生日なんていらない とか

こんな日なんてなくなってしまえば とか

生まれてこなければ…なんて思ったら

そんな些細な小さな事でそう思ったのなら

今までの奇跡はなんだったんだろう?

両親にとって、こんな失礼な話はないよね

なんか申し訳ない気持ちになる

 

今年は

 

お祝いするのもいいのかな

自分で自分をお祝いしてもいいのかな

どうやってしたらいいか覚えてもないしわからないけれど

もう一度、幼少期に戻って―

 

数十年生きてきたけど

それ以上に両親も生きてきている

それ以上に先祖も生きてきた

全て、今自分が存在しているのは周りの皆のおかげ

 

産んでくれて

育ててくれて

本当にありがとう

一人の人間と出会う事によって

未来が大きく変化する

 

分岐点というのは様々なところに存在し、その選択によっては

人生に大きな変化をもたらす

 

誰しもが人生で歩めるルートは

たった一通りだけ

この一ルートを、自分が決断して歩んでいく

これが人生

二通りのルートを選べる人間はこの世にはいない

そう思えば様々な分岐点は常日頃から起きている

 

もし違う選択肢をしたならば―

もし違う返答をしていたならば―

また違ったルートが存在していくだろう

 

どこかへ行くか行かないか

行ったとして、人生が変化する誰かと

出会う事もあるかもしれない

ただ行かなかったら

何も起きず、ただそのまま日が沈む

 

ただ単に、何でもそうだけど

常に分岐は存在していて

今、ここでブログを書くか書かないか

勉強するかしないか仕事するかしないか

何でもいいけど、それ次第で何かが変化をしていく

その変化は自分に留まらず周りにまで影響していく

 

過去を振り返ってみると

大きな分岐点はいくつもあった

今の会社に入社するかしないか

県外にいくか地元に残るか

もしくは

受験の時、どの学校に進学するか

 

数えきれない程の大きな分岐点があったけど

今、自分はその一ルートしか歩んでないから

他のルートだったらどうなっていたんだろう?と考える時がある

決して今のルートが悪いわけではないけど

もっと大きな、違った世界が見えていたんじゃないか?

学校が違えば全てが変わる

想い出も友人も環境も全て

今の会社に入社する事もなかっただろう

 

そしたら何をしていたのかな

結果論でしかないけれど

今よりもっと大きくなれていたのかもしれない

もっと楽しい事が見つけられていたかもしれない

それは誰にもわからないけど

ふと、考えてしまう時がある

 

よくゲームとかで選択肢次第でマルチストーリーやマルチエンディングとか

そういったの結構あるけど

全部のシナリオをみたい人なんだよね自分は

 

あそこでYESと言っていたら?

あそこでNOと言っていたら―?

全てが全くの別世界になっていたとして

どういう人生になっていたんだろうって

気になる

 

もちろんそれは誰にもわからない

今思えば、誤った選択をしてしまったと思う事もある

違う選択をしていたら…

って考えれば、その先に興味はあるけど

今自分が歩んできた一ルートでしか見られないものもあった

このルートでなければ絶対に出会えない人達もいた

 

それはもちろん、他のルートでも同じ事が言えるのだろうけど

今自分がこうして生きているのもこのルートだったからで

生存していないルートもあったはず

 

今も様々な分岐は今でも直面している

この先もずっと

これは全ての人間へ言える事でもあり

人と人が分岐を選択する事で物事が進んでいく

自分がこうする事で、他人の人生も変化する

 

時代の進化ってすごくて

昔は携帯電話なんてものなかった

今は当たり前だけど、SNSなんてありえなかった

なかったとしたら、どうなっていた?

全ての人間の人生、激変しているのではないだろうか?

 

 

恐らく最期を迎える時、

自分自身の人生がフラッシュバックするのだろう

このルートで良かった…と最期に思えるように

誤った選択をしないように

後悔しないようにしたい

存在してくれてよかったと思われたい

 

まだまだ先は長い

誤った分岐で

道が途絶える事のないように―