人事部員の日記 -139ページ目

歴史に見る人口変動、鬼頭宏さんに聞く――減少期に文明は成熟、女性の役割大きく。

日本が人口減少社会に入るのは4度目
 今後50年間で約4千万人が消える急速な人口減少時代に突入した日本。だが、減るのは初めてではなく、日本の人口はこれまでも増減を繰り返してきた。人口が増えた時代、減った時代はそれぞれどんな社会だったのか。上智大学教授の鬼頭宏さんが、人口学の視点から歴史を振り返り、日本の今後を読み解く。
 「日本の人口が長期にわたって増えた時期は4回あります。縄文時代前半、弥生時代から平安時代、室町時代から江戸時代前期、幕末から21世紀初頭です。減った時期は縄文後半、鎌倉、江戸中・後期と現在。ご存じのように日本は2005年から人口が減少、21世紀末には5千万人を切るとの予測もあります」
 「縄文前半に人口が増えたのは、このころ気温が上昇、日本列島に食料資源がふんだんに用意されたからです。縄文人はクリなどの木の実やサケ、マスなどの魚類を食べた。ところが、縄文中期から気温が下がり始め、落葉樹林の生産力が落ちる一方、西日本では照葉樹林が広がった。これが食料を減らし、人口を減少させる原因になったのです。縄文の人口はピーク時26万人でしたが、末期には8万人にまで減ったとみられています」
 弥生時代に入ると再び増加に転じ、約60万人になる。
 「大陸からの渡来人が持ち込んだ稲作の普及が主な要因です。渡来人自体が人口増に貢献するとともに、稲作により食料が確保され、大量の労働力が必要になったことが増加の圧力になった。人口の分布も大きく変わる。縄文時代は東日本の方が圧倒的に人口が多かったのですが、稲作の普及で逆転、西日本の人口が増える。以後、近代まで東西互角の時代が続きます」
 人口増の時代は文明システムが展開

 人口増、人口減の時代にはそれぞれ共通の特徴があるという。
 「人口が飛躍的に増加する時代は新しい文明システムが展開していく時代です。弥生時代から奈良時代は稲作のほか、漢字、仏教、律令制度など大陸文明が次々に導入された時期に当たる。日本の人口が1千万人を超えるのは室町時代ですが、この時代に市場経済が広がり、都市の組織、村落のコミュニティー、祭り、衣食住の文化など日本人の伝統となるものが築かれた。幕末から明治時代は欧米に学んだ文明開花の時代です」


 「一方、人口が減少する時代は文明が成熟する時期です。縄文後期は高度な狩猟採集社会でした。平安時代から鎌倉時代にかけて人口は減少に転じますが、平安時代は世界的に評価が高い『源氏物語』を生むなど国風文化が花開き、爛熟(らんじゅく)しました。江戸中・後期も町人文化が成熟した時代と言ってよいでしょう」


 なぜ人口停滞期と文明成熟期は重なるのか。人口減少社会では人々の関心が内面に向かう、と指摘する。
 「人口増の時代は土木事業のような開発や生産基盤拡大にエネルギーが注がれる。都市建設に大量の労働力が集められた江戸前期はまさにそういう時代でした。男性の労働力が価値を持つ時代です。実際、江戸の都市人口は男性が多かった。一方、人口減少時代はハードの発展より、ソフトの充実に目が向けられる。コンクリートより人です。産業で言えば工業からサービス産業への転換。女性の役割が大きくなる社会です」
 人口減少以上に人口再配置が課題
 幕末に約3200万人だった日本の人口は、明治時代以降一貫して増え続けたが、2005年に減少に転じた。
 「近代の日本の人口は増え続けたので、早くから人口過剰論が唱えられ、最近まで減少が問題になることはありませんでした。石油危機直後の1974年の人口白書は、人口抑制をはっきり打ち出しています。でも、実はこのころから少子化は始まっていたのです。今の急激な人口減少は、当時の政策の薬が効き過ぎた結果と言えなくもない。石油危機が将来不安を高めたことも大きい」
 「人口が減って大変と今になって大騒ぎしていますが、少子化は世界的な現象です。先進国だけでなく、途上国でも新興国は出生率が低下しています。私が心配するのは人口減少そのものより、それに伴う人口の再配置の問題です。今のままだと日本の農村は消滅するでしょう。都市でも人口が減れば電車がすいて楽だなんて言う人がいますが、そんなに甘くない。客が減れば電車の本数も減り、混雑度は変わらず不便になるだけ。どういう都市や農村をつくるか、土地利用をどうするか。そこが大事です」
 人口停滞期は国をつくり変える好機だという。
 「消費や生産年齢人口が減り、高齢化、過疎化が進む人口減少社会は悪いことばかりのように見えます。でも、その中で知恵を絞ることで、新しい価値観をつくらなくてはいけない。フランスの哲学者アランは著書『幸福論』の中で、『悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する』と書きましたが、今は悲観論が強過ぎます。子ども手当もいいけれど、リーダーは将来に明るさを持てるような雰囲気をつくり出すよう努めるべきではないでしょうか。そうすれば、子どもをつくろうという機運も高まります」
 「私は移民受け入れも一つの選択肢だと思います。ただその場合、労働力不足のための単純な数合わせではなく、きちんと社会に受け入れなくてはならないでしょう。国をつくり変えるくらいの覚悟が必要です。日本には外国から人や文化を受け入れた長い伝統があります。歴史を振り返ると、文明の成熟期は次の新しい文明システムの種をつくる時期でもありました。人口減少をその好機にすべきです」

(編集委員 藤巻秀樹)
 きとう・ひろし 上智大経済学部教授。1947年静岡県生まれ。74年慶応義塾大大学院経済学研究科博士課程満期退学。慶応義塾高校教諭、上智大助教授を経て89年から現職。専門は日本経済史、歴史人口学。著書に「人口から読む日本の歴史」「環境先進国・江戸」「文明としての江戸システム」など。