光の球場 | 篠沢教授に1000点

光の球場


かつて南千住に野球場があったのを知ってるのは60代以上の人か

余程の野球マニアくらいになるだろうか。
現在は荒川総合スポーツセンターが建っている場所にかつて

東京スタジアムという野球場があった。
東京スタジアムといっても現在飛田給にあるFC東京のホームスタジアム

(味の素スタジアム)とは関係ない。
現在の千葉ロッテマリーンズの前身にあたる大毎オリオンズのオーナー

だった永田雅一がいわば私財を投じて建てた球場であった。

しかし当時の大毎はそれほど強いチームでもなく、さらに永田の本業で

あった映画会社の大映の経営不振もあって球団はロッテに譲る。

昭和45年にロッテがパ・リーグを制覇した際、当時の濃人監督に続いて

胴上げされたのが永田雅一だった。
翌年大映はついに倒産。永田は球団経営から手を引き、球場はあの

小佐野賢治率いる国際興業に売られたが、小佐野は球場を経営する

気もなく後に取り壊されて跡地を荒川区が買い取って現在の荒川総合

スポーツセンター、隣接地には東京スタジアムには及ばないけど野球場が

設けられた。
そういえばあの「こち亀」にも登場していたので小生が最初に知ったのも

この時だったのかもしれない。
ちなみに建物の正面玄関があるのは球場があった当時は内野席とレフトの

境だったそうだ。