先月末に携帯に連絡があり、姉からでした。
妹の義母から姉に連絡があり、妹が『くも膜下出血』で倒れたとのこと。
妹は結婚後千葉県に住んでいて、すぐに駆けつけることは困難。
母がくも膜下出血で(34年前)亡くなっている事もありかなり不安になりました。
翌日朝一番の飛行機で東京に向かい、慣れない電車を乗り継ぎ妹がいる病院にいきました。
そこにいた妹は意識はなく、まれに目を開けるけどおそらく見えていない状態。
すぐに医師からの説明があるということで、その場にいた家族できいていたのですが
倒れたときはおそらく2度目の出血だったこと。
救急搬送の際、腕や足が硬直していってたこと。
出血量が多く、一部脳梗塞が始まっていたこと。
体の一部を医師がつねっても反応が全くなかったこと。
色々とある説明の内容は五段階あるくも膜下出血の症状のなかで一番最悪だということをあらわしている
ということでした。
3度目の出血があった場合はもう助からないということで再発防止の処置はしてもらったのですが、それをしてもわずかながら命だけは助かる可能性はあるかもしれないが、車椅子での生活すら出来ず社会復帰はまず不可能と言われてしまいました。
小さいころからオシャレが好きでいつもきれいにしていた妹が自分で着替えたりすることもできなくなることや、声を出してお話することもできないとわかりかなりのショックです。
それでも再出血防止の処置もしてもらったので福岡に帰ってきて、命が助かってもしかしたら私たちが会いにきたことがわかるくらいにまでは回復できると思っていました。
8月11日までは。。。
その日夕方姉から連絡があり、血圧が上46-下17まで下がってきているのでできたら千葉まで来たほうがいいと思うよとの事。
本当に情けないけど費用の問題で、2度目の千葉に行く日程を迷っていたのですが、主人と話し合いすぐに車で向かうことを姉に連絡し、準備が出来て車に乗り込もうとした矢先姉からの着信。
涙声で『まにあわんかった。。。』
2012年8月11日22時5分 妹は亡くなりました。
倒れてから10日あまり。
よくがんばっていたのだと思います。
知らせから一日半かけて到着したのは葬儀場
暦の関係で通夜が14日となったため遺体が安置されている場所を案内してもらいやっとあえた妹は冷たい金属の箱に入った状態でした。
全身のむくみなどが引いた状態ではあったようですが、その分肌にしわがより人工呼吸器がついていたところをはじめあちこちに赤いあざのようなものがありました。
大変なショックでどれだけ泣いたかわかりません。
34歳若すぎる。
結婚から3年でした。
これから子供もほしいと思っていたようです。
そんなことを色々と考えては切なくなる日々。
もう少したって落ち着いたら妹『さちこ』の思い出話にお付き合いいただければと思います。
それではまた。

