(328)江戸時代庶民生活の川柳
冷飯を四五杯借りるとろろ汁
山芋が手に入り、これで飯を食おうととろろ汁を作る。家族が集まって、旨い、旨いととろろ汁をかけた飯を食べたが、食が進んで瞬く間に無くなってしまう。まだとろろ汁が残っているので、「隣りから飯を借りてくるか」というわけで、嬶が気安く頼み込んで、椀に四五杯の飯を借りて来る。のどかで天下泰平という雰囲気である。
浅漬けの石で昼飯振舞われ
「浅漬け」は「当座漬」ともいい、大根などを塩と麹に漬け込む。上から石などの重しをのせ、翌日には食べ始める。重しを持ち上げて漬物樽に乗せるには、かなりの力が要る。嬶が一人で石を乗せようとしている時に、ちょうど長屋住まいの独り者の男が通りかかり、「おっと、俺が乗せてやろう」と手伝ってくれた。そのお礼に翌日、この独身男は、昼飯の馳走にあずかったのだ。庶民たちの温かい心遣いが素晴らしい。
薬鍋(くすりなべ)それはほんにと貸してやり
家人が病気になり、漢方の薬草などの煎汁を飲ませることになった。ところが薬草は鉄や銅の金気を嫌うため、家にある鍋は使えない。薬鍋は金製か銀製が多く、普通の家にはない。そこで鍋を持っていそうな知り合いの家に借りに行く。
事情を聞いた薬鍋のある家では、「それは、ほんにお困りでしょう」と応じて貸してやったのだ。
「それはほんに」という表現は、鍋を借りに来た人の話を聞いた、この家の女房の言葉である。この短い台詞には、困っている人には、当然のように手助けをするという同情心がよく表れている。
綻(ほころび)と子を取り替える独り者
妻を持たない独身の男は、なにかと不精な暮らしぶりである。着物の綻びなども殆ど気にせず平気でいる。
隣の家の子持ち女が、「あら、久助さん、袖が綻びているよ、ちょっと縫ってあげるから、お寄りなさいな」と、独身男を招じ入れる。「すまないね、じゃ、お願いしますよ」と久助は着物を脱ぐ。母親へまつわりつく幼児がいるから、綻びを縫ってもらう間、久助はその子の面倒を見る。幼児が飽きないように、抱き上げたり、歩かせたり、「よしよし、坊はいい子だな」などと遊び相手になっている。庶民の些細な隣人愛を、さり気なく描いていて微笑ましい。
「綻び」と「子」を同格扱いにして、「綻び」と人間化しているところに、句としての技法が潜んでいる。
独身男の侘しい実態を表面に出して、その裏側に隠れている隣家の女房の陣情味あふれる所作は、読者の想像に委ねられている。それがかえって隣人愛の美しさを際だたせている。
ひとり者やれ茶をくれろ火をくれろ
焚付け用の付け木や薪を用意して、竃で火をおこすのは一苦労なので、隣りの所帯持ちの所へ借りに行く。折に触れて「茶を少しください」とか「火種を分けて下さい」とか、厚かましくも顔を出す。これが日常茶飯事なので、隣りの家でも「あいよ、もっていきな」と気軽に応じるのだ。
『大江戸庶民の驚く生活考』渡辺信一郎著 青春書房
