(251)卯の花(うのはな)
「五月晴れ」と書いて「さつきばれ」と読み「現在の五月頃の快晴」を意味する、というのは、うるさいことをいうと間違いだという。サツキ(皐月)とは陰暦では五月のこと、したがって「サツキバレ」とは、五月雨晴れ(さつきあめばれ)で、梅雨のあいまの晴れた日をいうそうだ。現在の五月は、ほぼ陰暦だと四月となり、ウヅキ(卯月)というのがそれにあたるという。
卯月は「卯の花月」の略だそうで、卯の花は空木(うつぎ)の花、空木は幹が中空であるところから、「虚ろ木」というそうだ。野山に自生する落葉灌木で、白色五弁の群れ咲く小花が好まれ、庭や垣根にも植えられる。
もとは、姿かたちが稔った稲穂と似ているから、豊穣のめでたさを意味していたのだが、後に観賞の対象となったものらしい。
卯の花の季節は、時鳥(ほとときす)の季節でもある。卯の花と時鳥との結びつきは古く、『万葉集』の巻十に次の歌がある。ただし作者不詳。
卯の花の 散らまく惜しみ霍公鳥(ほととぎす) 野に出山に入り 来鳴き饗(とよも)す
この歌は江戸後期の国学者、「加納諸平」に好まれ、次の一首となった。
山里は 卯の花垣のひまをあらみ しのび音(ね)もらす時鳥かな
この五七五七七を、明治になってから、歌人で国文学者の佐々木信綱(ささき・のぶつな)が五七・五七・七五の新体詩に開いたが、これがお馴染みの小学校唱歌「夏は来ぬ」となった。
うの花のにほふ垣根に
時鳥 早(はや)もき なきて
忍び音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
ただし、時鳥は警戒心の強い鳥だから人家の卯の花垣まで来て鳴くことはないとされる。本歌となった諸平の歌も、卯の花垣の隙間が粗いので、そこから時鳥のしのび音が洩れ入って聞こえるといっているのだろう。
俳諧、俳句では卯の花と時鳥はともに重い季題の、季重(きがさ)なりになるから、一句の中に、両方が読まれることは少ないそうだ。
以下は順に、許六(きょりく)、千代女、麦水(ばくすい)、白雄、月居(げっきょ)の俳句。
卯の花に芦毛(あしげ)の馬の夜明けかな
卯の花は 日をもちながら 曇りけり
卯の花や ただずむ人の 透き通り
むかばきに 卯の花かかる 雨くるし
卯の花の 満ちたり月は 廿日(はつか)ごろ
引用本:『季語百話』 高橋睦郎著 中公新書 2011年
