男は「愛している」と言うのではなく、責任を負おうとする。

のが愛情表現だって、藤原道綱母がどこかから知識を入れるチャンスがあったならば、

彼女の苦しみはだいぶ緩和されただろう。

兼家さんは結構責任を負ってくれていると思う。

ただ彼女があまりに知的だったおかげで私は救われているのだから、彼女の生は無駄ではない。

私の生も無駄にしたくない。
例えば

経済軸と

メス性質の出産子育て軸と

愛する人から愛されるかという充足軸と

生きる時間の社会的道義軸と

己の見出した価値観と信念と

それらを総合した時に生じる歪みと

妥協と

嘘と

保身と

許せなさと

ズルさと

弱さと

それを全部抱えて生きていく先に

私は何を見るのだろう