今年度になっての初めての日記。
昨日1月16日は僕にとって大切な1日
大学4年間のうち4年も務めたバイト先、島田の引退を兼ねた
宮崎観光ホテルでのブライダルショー。
前日の夜中まで続く準備
当日の業務
ひとつひとつのことが最後だなんだって噛み締めて働く
島田にはすごくお世話になった
入った当初は「山本くんは、本当に大丈夫?」とまで言われ、
島田初の男性アルバイトの期待の高さに僕は応えられていなかったのだろう
怒濤の忙しさ、アルバイトとして求められる責任の大きさ
最初はアルバイトなのにという意識があったが、今では島田のみんなが仲間で
ひとつのチームとして機能し、チームプレイでここまでやってきた
「◯◯がいない」から僕(私)は出勤します
昔は各々がこの意識をもっていないといけないくらい忙しく、スタッフも少なかった
今ではアルバイト生も増え、少しずつこの意識がなくなっているのが寂しい
だから、僕たち4年が卒業したらアルバイト生が一気に少なくなるわけだから
少しでもこの意識を持ってほしい
だって、僕らは「TEAM 島田」じゃん
島田には僕と営業の男性スタッフの人以外男性はいなかった
しかも、僕じゃない男性の方は営業だったため店内には、男僕ひとりという
ことが多々あった
女性の環境に飛び込む
それはそれでとても有意義なものだった
唯一の男性として可愛がってもらった
たくさんの社員さんに愛され、ここまでこれた
宮崎のおばあちゃん、お母さんに価する人もできた
忘れられないのが、僕が北海道にスキー研修に行く時のこと。
その旨をその宮崎のおばあちゃんに話すと、
「ちょっと、待っときない」
といって、裏に向かった
そして、もってきたのが、5千円札
「これで楽しんできなさい」
と笑って渡してくれた
確かにつらいこともたくさんあった。
僕はあまりにも居心地がよくて、やめたいと思ったことなんて一度もなかった
でも、実際は僕らの上の代はきついという理由でやめる人ばかりだった
そんな昔があったけど、今僕らが最も誇れるべきことは
僕らの代になってアルバイト生がひとりとも辞めていないこと
こんなに大変なバイト、こんなに理不尽なバイト
正直他にないと思う
でも、みんなそのどこかに「楽しさ」を見出すことができていて
続けてくれたんだと思う
そんなみんなともうお別れなんて寂しすぎる
できれば、毎週土日に一緒に働きたい
でも、もうそれもほとんどできない
宮崎に4年間住んで、たくさんのことを学んだ
その多くのことを学んだのが島田だった
昨日最後ということで社長とお話する機会があった
そこで彼はこう言ってくれた
「山本くんはうちのスタッフにも好評で、いなくなるなんて想像できない
っていう人ばかりですよ。本当に4年間ありがとうございました。」
きっと自分はこの仕事に貢献できたんだろう
王さんが言っていた
「自分の価値を決めるのは葬式。そこで本気で泣いてくれる人の数が
多いほどその価値は高いんだ。」
この言葉を胸に秘め、日々生活してきたつもりだった
でも、昨日それが正しかったんだと認識した
まだ別れじゃない
次逢える
宮崎での生活は残り2ヶ月
それまでにたくさんのひとたちと想い出を作り
次のステップに繋げたい
宮崎にはたくさんの意思を置いてきたつもりだ
その意思を継ぐ人間はとことん可愛がってきた
きっと次は彼らが盛り上げてくれるだろう
昨日1月16日は僕にとって大切な1日
大学4年間のうち4年も務めたバイト先、島田の引退を兼ねた
宮崎観光ホテルでのブライダルショー。
前日の夜中まで続く準備
当日の業務
ひとつひとつのことが最後だなんだって噛み締めて働く
島田にはすごくお世話になった
入った当初は「山本くんは、本当に大丈夫?」とまで言われ、
島田初の男性アルバイトの期待の高さに僕は応えられていなかったのだろう
怒濤の忙しさ、アルバイトとして求められる責任の大きさ
最初はアルバイトなのにという意識があったが、今では島田のみんなが仲間で
ひとつのチームとして機能し、チームプレイでここまでやってきた
「◯◯がいない」から僕(私)は出勤します
昔は各々がこの意識をもっていないといけないくらい忙しく、スタッフも少なかった
今ではアルバイト生も増え、少しずつこの意識がなくなっているのが寂しい
だから、僕たち4年が卒業したらアルバイト生が一気に少なくなるわけだから
少しでもこの意識を持ってほしい
だって、僕らは「TEAM 島田」じゃん
島田には僕と営業の男性スタッフの人以外男性はいなかった
しかも、僕じゃない男性の方は営業だったため店内には、男僕ひとりという
ことが多々あった
女性の環境に飛び込む
それはそれでとても有意義なものだった
唯一の男性として可愛がってもらった
たくさんの社員さんに愛され、ここまでこれた
宮崎のおばあちゃん、お母さんに価する人もできた
忘れられないのが、僕が北海道にスキー研修に行く時のこと。
その旨をその宮崎のおばあちゃんに話すと、
「ちょっと、待っときない」
といって、裏に向かった
そして、もってきたのが、5千円札
「これで楽しんできなさい」
と笑って渡してくれた
確かにつらいこともたくさんあった。
僕はあまりにも居心地がよくて、やめたいと思ったことなんて一度もなかった
でも、実際は僕らの上の代はきついという理由でやめる人ばかりだった
そんな昔があったけど、今僕らが最も誇れるべきことは
僕らの代になってアルバイト生がひとりとも辞めていないこと
こんなに大変なバイト、こんなに理不尽なバイト
正直他にないと思う
でも、みんなそのどこかに「楽しさ」を見出すことができていて
続けてくれたんだと思う
そんなみんなともうお別れなんて寂しすぎる
できれば、毎週土日に一緒に働きたい
でも、もうそれもほとんどできない
宮崎に4年間住んで、たくさんのことを学んだ
その多くのことを学んだのが島田だった
昨日最後ということで社長とお話する機会があった
そこで彼はこう言ってくれた
「山本くんはうちのスタッフにも好評で、いなくなるなんて想像できない
っていう人ばかりですよ。本当に4年間ありがとうございました。」
きっと自分はこの仕事に貢献できたんだろう
王さんが言っていた
「自分の価値を決めるのは葬式。そこで本気で泣いてくれる人の数が
多いほどその価値は高いんだ。」
この言葉を胸に秘め、日々生活してきたつもりだった
でも、昨日それが正しかったんだと認識した
まだ別れじゃない
次逢える
宮崎での生活は残り2ヶ月
それまでにたくさんのひとたちと想い出を作り
次のステップに繋げたい
宮崎にはたくさんの意思を置いてきたつもりだ
その意思を継ぐ人間はとことん可愛がってきた
きっと次は彼らが盛り上げてくれるだろう