たんぽぽの生態からのインスピレーションで、壮大な妄想モードにシフトした話
昨日、たんぽぽが黄色く咲く花を終え、わたのように真ん丸く、開いてるのを見た。みんな知っているように、種はそのパラシュートのような、羽根のような部分に助けられ、フワフワ空中を旅しながらやがてはどこかの地に着地する。そこで種を還し、また新しい花となる。そんなことをずーっと繰り返してきたわけだけど、子孫を残すとでもいうのか、とてもうまい自然の仕組みだ。長い年月をかけてそのように形態を変化させていったのだろう。でも僕は、ふと不思議に思う。遺伝子とでも呼ぶものもなければ、頭で考える生き物でもない。たかが数日だけ咲いては種を飛ばし、その役割を終える。でも種を残すという機能は植物にでも確立されているのだから。もちろん動物、人はもちろんだ。サルみたいな形態から環境に適応するために、何百万年という月日の中でその形を変えてきた。それってとても不思議だ。僕が生きる80年やそこらでは、何も変わらない。しっぽがなくなり、尾骶骨にはならないのだ。でも長い歴史的時間軸の中ではそれらは確実に変化している。だれかに修正されるわけでもないのに。それが不思議で仕方ないのだ。だからそんな疑問に答えを探すとこう結論づけずにはいられない。じゃあ、本当にだれかが手を加えているとすれば。そう考えて初めて、“神”という存在を少し否定できない気がする。宇宙はなぜ始まったのか。どんなに科学でいろんなことが解明されていっても、最終的にひとつの矛盾が残る。それが“神”ということになるような気がする。
と頭の中に浮かんだことを書いてみた。別に宗教始めたわけではないぞ。
と頭の中に浮かんだことを書いてみた。別に宗教始めたわけではないぞ。
巨大な3Dディスプレイ
ソチオリンピックの会場では、このような3Dディスプレイが設置されているらしい。これ、表からも裏からもぜひみてみたい。
参考URL
http://www.feeldesain.com/giant-3d-selfies-at-sochi-games.html

