いまさらですが
岩手県に行ったときの事をちょっと記事としてあげておこうと思います。まずは、テレビで見ていた光景よりも酷い状態がそこにあったということです。テレビと言う媒体を通した地震、津波による被害の状態を私はどこか夢のように感じていました。しかし、それは現地に行った時現実なんだと、ここにあった日常が奪われたのだと前まで建物が立ち並んでいたはずの、今では海まで見渡せてしまう陸前高田の土地をただ黙ってずっと見ることしかできませんでした。道路を通れば道端につぶれた車がいくつもあり工場のタンクや橋も、簡単に流されていました。そして、住宅があったところを通ってふと道を見たときそこには、ランドセルがありました。誰が使っていたのか、泥だらけになってしまったランドセルを見てひどく悲しい思いをしました。怒りが込み上げても誰も悪いことはありません。天災なんですから。私の地元は福島ですが、原発どうのと地震が起こったあとでやっと問題になり地震が起こらなければ、こんなことは議論されなかったわけです。危険だとも多くの人が思っていなかったのかもしれません。ですから、怒りをそっちの方向に持っていくのもどうかと思います。誰が起こしたわけではない自然のことです。見えない恐怖それは大いにあるでしょう。しかし、東北の皆さんは思っているよりも強く生きようとしています。放射能があろうとみんなで笑い飛ばして普通の毎日を過ごしていました。それは決して無理しているなどではなく、そこには家族がいて友人が仲間がいるみんながお互いを思ってるからこそ成っていると感じました。私は前々から、普通であることが好きでしたが。それが続くことの大切さ幸せをより実感しました。陸前高田での演奏は色々な思いと共にさせていただきました。上手くいかなかったとしても、思いが伝わっていたら嬉しいです。と、このような感じでした。次回は先日名古屋で行われた全国ジュニア太鼓コンクールでのことを報告できればと思います。