JINくんのアルバムのタイトル。
発売された当時、ユンギ部は猛烈に試験勉強しておりまして、ゆっくりタイトルや曲の意味を調べる機会がなく...
ただ、大嫌いな勉強タイム(←できればしたくない笑)をどうにか着席して過ごすべく、JINくんのBackgroundを鬼リピしておりました![]()
そして時を経て、今月、JINくんを改めて映画館で見ることができ、ようやく歌詞を読んだりする余裕もできたので、これを機会にユンギ部の感じたことを書いておこうかなと思いました✏️
※⚠️ユンギ部の個人的な感想、想いが多々含まれますので、誤解釈もあるかもしれませんので、そういうものとしてお読みください。悪しからず〜🙇♀️
ECHO
響き
とも訳せますが、Backgroundを聞いて、こだまのことなんじゃないかなと思いました。
Background
翻訳サイトを使って、歌詞を和訳してみよう!
まだ僕はあの場所にいる
君の世界がすべて僕だった季節に
一人で繰り返す言葉
もし、また戻れるなら何て言おう?
君を呼んでも
またこだまのように響いて、
僕を傷つける
待つことも、僕には愛なんだと
無理に思って見る
ライトの 消えた舞台の上に
遅い残像のように残って
また君を彷徨っている
Maybe in another place, another time
もしやり直せるなら
その時はそばに僕がいるだろうか?
君を待つ僕
I'll be here in the background
違う色で描いた
お互いに染まり混ざり合っていった夢
だんだん忘れられていくということが
時に狂いそうになるけれど
それでも変わらずに君を選ぶよ
君にとってすべて過去になってしまった
僕の痕跡、すべて擦り切れて
待つことも愛だって
思えるようになったよ
すべての物語が終わった夜
ライトの 消えた舞台の上に
遅い残像のように残って
また君を彷徨っている
たぶん別の場所で、別の時間に
やり直せるなら
その時はそばに僕がいるだろうか?
君を待つ僕
I'll be here in the background
君をARMYに替えて読んでみると、もうジーンときちゃいます😭
この歌に関するインタビューなど、ユンギ部は見つけられていませんので、推測になっちゃうんですが💦
コロナが蔓延して、ステージの計画がバタバタとキャンセルになり絶望するような当時の心境を歌っているのではないかなぁと思いました。
ユンギさんが、先の見えない恐怖と絶望に、号泣して両親の間に挟まって眠ったというエピソードをシュチタで話していましたが、時を同じくして、JINくんもまた、同じように暗闇の中で人知れず絶望していたのではないでしょうか。
全部全部大事な歌詞ですが、心に刺さる部分を挙げてみます。
待つことも愛
ステージをしたくてもできず、ARMYに何も届けられず。
その間、ARMYも過去に製作されたものしか手にできなくて。
忘れられていく恐怖。
世の中が回復し、兵役を終えて、再びステージに立てる日まで。いったいどれだけの時が必要なんだ?と途方に暮れて狂いそうになる気持ちをかかえて。
その時、僕は君のそばにいるだろうか?
僕は変わらず君を選ぶよ
君を待つ僕
できることは、ただ待つことだけ。
時が満ちるのを。
I'll be here in the background
歌詞の最後に出てくるこの言葉の訳がとても難しいですね。いろんな方の翻訳を見たり、色んなサイトで翻訳してみたりしましたが、非常に多くの解釈があり、1つに絞れませんでした。
その原因としては、タイトルにもなっているbackgroundです。
ネイティブな方、ぜひ教えてください。
ユンギ部調べでは、in the background部分は、英語を訳すと、陰ながら、とか出しゃばらずに、とか一歩引いて、後ろから、などと出てきました。
静かに、目立たず起こっていることを指すようですが、単に後ろにある何かと、背景で目立たない状態の何かのどちらも意味します。
この部分の訳が分かれる一因は、物理的な背景としての後ろと、状態としての一歩引いた状態の後ろ、というようにどちらの意味も表すことがあるからではないかと思います。
Youtubeで日本語字幕を載せてくれているあみにさんの訳の、
人知れず、僕はここにいる
がとてもしっくりくるなぁと思いました。
ユンギ部は個人的には、物理的な後ろも含まれるのかなと思っています。
例え君が僕の方を向いていなくても、僕はそばにいるよ(君の後ろにいるよ)みたいな。だからbackgroundなのかななんて思っちゃいました。
静かに、でも確かに、そしてゆるぎなく、
JINくんはARMYのことを想い続けている。
Close to you(きみのそばに)とかではなく、一歩引いてbackgroundなところがJINくんらしいなと思いました。
ECHO
backgroundの中で、
君を呼んでも また、こだまのように響いて僕を傷つける
というようにこだまという言葉が出てきます。
ARMYを呼ぶこだま。
それは、まさにJINくんのARMYへの愛の叫び。
だからタイトルがECHOなのかな。
ARMYへの愛の叫び
=ARMY、I love you.
=ECHO
そんな風に、ユンギ部は感じました。
こだま
こだまは返事がありません。
叫んでも叫びっぱなしです。
返ってこない悲しさ、さみしさ、虚無感。
そうしたものも表されていると思います。
そうだとしても、愛し続けるし、待ち続ける。
だから、僕はここにいる、というJINくんの静かな、でも強い、意志のようなものを感じます。
こんなことを思っているうちに、以前書いたブログを思い出しました。
以下は過去のブログの内容になります。
ちょっと長いです。
ここまでで大丈夫という方は、ここで終わりにしてくださいね笑
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こんな企画があって、自分なりのラブレターについて思うところを書いてみることにしました。
浅田次郎さん
今日は、浅田次郎さんの小説ラブ・レターについて書きたいと思います✏️
今日の朝の番組で、浅田次郎さんと中井貴一さんが一緒に出演するのを見かけました☆☆
いつかラブ・レターのことをブログに書きたいと思っていましたが、今日なのかな、と😆
今日の出演はラブ・レターではなく、今度出される母を待つ里という小説の番宣を兼ねてでした。
浅田次郎さんが、母を待つ里を語る↑
ラブ・レターとは
鉄道員(ぽっぽや)でも有名な浅田次郎さんの小説で、中井貴一さん主演で映画にもなりました。
韓国でも、映画がリメイクされました。
ラブ・レターのストーリー
ビデオ屋の店長、吾郎は旧知のヤクザの頼みで、中国人の白蘭と偽装結婚。だが、彼が留置所に入れられた間に彼女は死んでしまう。出所後、吾郎は白蘭の遺品から手紙を発見し……。
猫じゃらし文芸部さんがわかりやすいあらすじを書いてくださっているので、リンクを貼っておきます↓
https://necojara.com/asadajirou-loveletter/
一度も会ったことのない、偽装結婚した相手が亡くなった、と言うところから物語がスタートします。
会ったこともない女性の手紙が、中途半端に楽な方楽な方へ過ごしてきた主人公吾郎の心を大きく変えます。
ラブ・レター
生きているうちにしたためたその手紙は、愛そのもの。女性の愛に触れて、主人公は、人の心を初めて得たのかもしれません。
このお話を読みながら、吾郎と同じくらい号泣しました😭😭😭😭😭😭😭
このお話で、ユンギ部がなにを言いたかったかというと、想いは時間をも超えるんだな、と思ったということです。
想い
目に見えないもの
感じるもの
目に見えないが故に、存在を確認するのが難しいです。
でも確実に存在するもの。
そして想いは距離を超越します。
どんなに遠く離れていても、想いを感じることができる、伝わるものだと思います。
逆に、近くにいても感じる心がなければ、想いを通じ合わせることができない。
ここにあなたがいないことが淋しいのじゃなくて
ここにあなたがいないと思うことが淋しい
大事MANブラザーズバンド『それが大事』の歌詞より。
物質的な距離感ではないということ。
例えば、一緒に暮らしていたとしても、想いがなければ、心の距離は果てしなく遠くなってしまう。
想いに距離は関係ない
そんなことをずっと考えていたのですが、このラブレターを読んだ時、想いとは、さらに時間さえも超越するんだな、と感じました。
既に亡くなってしまった女性からの手紙。
その愛が詰まった手紙は、吾郎の心に人の心を思い出させます。
愛しているという想いは、そこに確実に存在していました。
その想いは、時間を超えて、吾郎に届きます。
そして、感じることのできた五郎は、彼女の愛を受け取ることができました。
彼女がいない世界で。
そして、彼女の愛をまといながら、その後の人生を生きていくのではないでしょうか。
ラブレターではなく、ラブ・レター
意図があると思うのですが、それを解説した様なソースが見つからず...
あればぜひ教えてほしいです❗️
ユンギ部の思うところとしては、これが甘酸っぱい可愛いイメージのラブレターではなく、死の間際にもってしてもなお思い続けて綴られた、
愛の手紙
ということを、強調したかったからではないかと思うのです。違ってたらごめんなさい🙇♀️
ラブ・レターから思う、ファンの想い
ユンギ部の個人的な見解です✨
ファンの想いは、一方通行で時には苦しいと感じることもあります。
でも、想いは、相手にぶつけるものではないと思うのです。
なぜなら、想いは感じるものだからです。
ぶつけられたモノのようなものを、感じ取ることはできません。
そして、感じ取るかどうかは、相手の問題であり、自由なのです、相手次第なのです。
人には自分ではどうにもできないものがたくさんあります。人の気持ちも然りです。誰にも自由にはできないのです。
ラブ・レターの女性の想いを、誰にも届かない無駄なことだ、無いのと同じだ、と思うかもしれません。ユンギ部も、人知れず亡くなった女性を初めは可哀想だと思いました。でも、最後まで、人の心を失わず、愛する人をただ一途に愛した彼女は、本当に不幸せだったのかな、と。
むしろ、愛しいと思った時に、もう彼女は存在しない、そんな世界に残された五郎の方が辛い運命とさえ思えました。
自分のどうにもできない、ままならないものに苦慮し心を砕くよりも、自分ができること、彼女で言うならば一途に愛することに心を一身に注ぐ方がずっと幸せではないかなぁと思いました。
想いは、もう既に、そこにある(存在している)のだと思います。
誰にも気づかれなかったとしても。
その存在を否定することは誰にもできないのです。
小瓶に手紙を入れて海に流す。
ほぼ99%読まれることはない、それでも淡い期待を小瓶に寄せて。
そんな感覚に近い。
ユンギ部のブログも、一つのラブ・レターなのです。
世界の隅っこで叫ぶ愛は、きっと、見つからないほどに弱く小さいですが、確かに存在するのです。
それを、こうして、今、手を止めて読んでくださっている方がいるということ。それでもう、十分なのです。
そして、さらに言うなれば。
BTSとARMYで言うならば、決して一方通行ではないと思います。
Telepathyの歌詞より。
たとえ今は遠くても
僕たちの気持ちは一緒でしょ
僕のそばに君がいなくても
君のそばに僕がいなくても
僕らは一緒だってこと、みんなわかってるでしょ
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
以上、ブログの引用終わり。
JINくんのECHOは、澄んだ空気で満たされた山奥で、人知れず響く、祈りのようなこだまなのではないでしょうか。



