自然な雰囲気で普段着の家族写真 - アトリエささき -38ページ目

自然な雰囲気で普段着の家族写真 - アトリエささき

家族写真家 佐々木運真とアトリエささきのブログ。愛知県豊橋市にあるアトリエささきでは、撮影だけでなくそれぞれのご家族との会話も大切にしています。

 

アトリエささき&kazoku

こんにちは。豊橋のアトリエささき 佐々木啓乃です。家族写真家 佐々木宏和の夫とともに、家族写真を撮影しています。お客様も家族でお越しになるので、私たちも家族でお迎えしております。




アトリエささきの「看板メニュー」は10年撮り続ける普段着の家族写真「ファミフォト」です。

特別な時の、特別な記念写真もいいけれど、普段の家族らしさ、子どもさんの成長をそのままに残して行ける「ファミフォト」は10年後の自分たちへの贈り物です。

先日、こんなファミリーファミフォトをお申込下さいましたよ。

お兄ちゃん4才、下に赤ちゃんが生まれたばかりのYさん。

Yファミフィーは、実は毎年家族写真を撮っていました。でも、その写真館、毎年行ってるのに、毎年カメラマンが変わるそうです。そして、受付のスタッフも沢山いるから、毎年「新規のお客様」の様に、撮影内容を聞かれるそうです。Yファミリーはなんとなくそれが気になっていたそう。

アトリエささきは、カメラマンは佐々木宏和だけ。いつも夫婦で撮影しています。お子さんの名前もけっこう覚えてしまいます。

そんな部分が決め手になって、10年のファミフォト申し込んで下さいました。毎年家族写真撮っているので、予算も納得いただけました。


やっぱり家族の持つ空気感って特別です。毎年撮影し続けて、その年の家族らしさを引き出して行く事に意味を感じます。Yファミリーも同じように感じていたのだと思うのです。

これから10年のおつきがいが始まるYファミリー。アトリエささきの撮影で「素敵な家族の時間」を過ごして、家族の「らしさ」が写った写真で楽しんで下さいね。

私たち夫婦も、お子さんの成長が楽しみです。
「10年で1セットの家族写真-ファミフォト」
ご予約・お問い合わせ
info@sasaki.photo
0532-53-4811(留守番電話でご対応しています)


写真は、そろそろ10年になるIファミリーです。
伊藤さん
ダディー。
みんなが好きなダディー
優しいダディー
働き者のダディー
料理が得意なダディー
家族を愛するダディー
このイメージをパパに贈りたくて。

写真 文 佐々木宏和




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プロローグ
  予約時間が近づくと、僕は1人でスタジオの準備をはじめる。まもなく来店するAファミリーのことを考えながら、自分の中のスイッチを「ON」に切り替えるためだ。

Aさんはファミフォト(10年間 毎年撮影する普段着の家族写真)のファミリーで、娘のYちゃんも僕らのことを覚えているはずだ。

 「こんにちはー」階下から元気な声が響いた。僕はBGMをつける。しばらくしてかわいい足音がこちらに向かって来た。僕が顔を出すと「こ・ん・に・ち・は」照れくさそうにYちゃんは言った。

 僕「いつもありがとうございます」 ママ「今年もお世話になります」
1年ぶりに会うので、妻とお互いの近況などを話しはじめた。

「Yちゃん大きくなったねー、何年生になったっけ?」「2年生!!」「そっかー、早いなあ」

 1年ごとに会う子供たちはみんな驚く程の成長をしている。それはまるでタイムマシンに乗ってしまったかのようだ。Yちゃんにとって僕らの立場はどう見えているのだろう。さしずめ成長を見守る親戚のおじさんおばさん、といったところだろうか。僕らはAファミリーの歴史に名を刻みたいと思っているのだが…

 僕「今年もおまかせでいいですね」 パパ「はい、お願いします」

そして僕はその場を離れ、視界のすみでくつろぐAファミリーをとらえながら構図を決めて行く。こうして撮影が始まる。

 Aファミリーは今年も、家族と過ごすこの時間に、幸せを感じてくれているようだった。
 

夢破れて
 振り返るとそれはプロ野球選手になる事だけを考えていた人生だった。しかし、1985年の夏、悔し涙とともにその夢はプッツリと切れてしまった。僕の第一の人生の幕は降りた。

 その後、大学を卒業し、オーストラリアに一年間の期限付きで放浪の旅に出た。貧乏生活だったが、牧場に住み込みで働いたり、無人島で真珠の養殖を手伝ったり、ワイルドで刺激的な日々だった。でも新しい夢は見つける事は出来なかった。約束の期限が過ぎ、最後のあがきにアメリカをバスで横断したあと、僕は帰国した。

 そして、やりたい事も見つからず、写真館の息子だからということで、何となく写真館に勤める事になる。その際の僕の条件は一つだけ。大学で出逢った、後に妻になる女性が暮らす横浜で働く事だった。

 彼女との出逢いは4年前だ。野球しか知らなかった僕は、彼女と出会ったことで、四季の匂い、木々のざわめき、木漏れ日の気持ちよさを知った。自分の感性が磨かれていくのを感じたのだ。その時、彼女が僕の第二の人生の扉を開けてくれたのかもしれない。



Eさんとの出逢い

 大学の頃から住み慣れた鎌倉で、古いマンションの一室を借り、僕は嫌いなネクタイをしめ、電車を乗り継ぎ横浜まで通勤した。経験の無い僕が給料をもらえるだけでもありがたい事であったが、そこでは写真の仕事がまるで間違い探しのようで、つまらないものだった。その頃の僕は、憂鬱な日々を過ごしていた。

 ある日、どう見ても外見はあちらの筋の人にしか見えないEさんが入社してきた。すでに実力者のEさんは僕に色々な事を教えてくれた。僕はそこに、職人魂や芸術性を感じた。Eさんの面倒見の良さもあって、僕はすぐにEさんに惹かれていった。


鎌倉での修行

 ほどなくしてEさんがヘッドハンティングされ僕を誘ってくれた。勤務地は鎌倉。Eさんと仕事ができる、僕は迷わずついていった。

 早朝のサーフィンを終え、海沿いを自転車で走りスタジオへ通った。仕事はかなり忙しかったが、僕は充実していた。Eさんはその風貌に似合わずとても愛想よくそしてかっこよく撮影をしていた。

スタジオは常にEさんの大好きな矢沢永吉が流れていた。僕はEさんからこだわりとかっこよさを教えてもらった。ここでの3年間で写真の仕事をライフワークにしようと決心した。

 
帰郷と挫折
 大学の頃から10年程暮らした鎌倉を後にして、1995年僕は父の写真館を継いだ。自分の力を試してみたいという思いがそうさせたのだ。その頃の僕はとにかく尖っていた。ハイセンスな鎌倉でEさんにマンツーマンで教わったという自信にあふれていた。

 しかし現実は厳しく、応募したフォトコンテストで自分の実力のなさを思い知った。会場に貼り出された応募作品を見ると、僕の作品の未熟さは一目瞭然だった。

 「どうすれば上手くなれるんだろう…」疑問は沢山あってもあの頃のように師匠はいない。毎日のように業界紙の写真を眺めていた。そして業界で有名な方達に教わるため、妻と二人で沢山の写真を抱えてスタジオを訪ねるようになった。そこで頂くアドバイスが僕にはとてもありがたかった。その度に自分の手でスタジオを改良し、撮影の工夫をした。Fさんとの出逢いもその頃だ。

 
非常識なお願い
 Fさんは福岡県で写真館を経営していた。Fさんの写真は業界紙でひときわ光っていた。その写真からは家族の温かなぬくもりを感じた。こんな写真を自分でも撮ってみたいと思った。会いたかった。だけど業界の片隅にいた僕にとっては遠い存在でしかなかった。

それでも諦めきれず、僕は「104」でお店の番号を調べ、思い切って電話をした。多分、自分勝手で非常識だったのだろう。電話口でFさんは見ず知らずの僕をいぶかしがり、僕の申し出を断ろうとした。しかし僕にはFさんしかいないという強い気持ちがあった。さらに緊張で自分の図々しさを感じる余裕がなかったのか、僕は不思議なくらい食い下がりようやくアポイントメントを取った。

きっとFさんもいきなり電話をかけて来た人物に呆れたのだろう。僕の人生の中で大きな存在となったFさんとの出逢いはこうしてはじまった。


Fさんとの出逢い
 2月の寒い午後、僕と妻は沢山の写真を抱え、Fさんのスタジオを訪ねた。後になってFさんから言われた事がある。「あの時はギラギラしてましたね」。その通りだった。ぬくもりのある家族写真を撮るには、僕は尖りすぎていた。

 Fさんの教えはすごく新鮮でワクワクした。なぜならこの仕事の価値を高めてくれるものだったから。

「僅かな時間でお客様から信頼を得て芸術性を表現しなくてはいけない」
「家族の気持ちの流れに注目して構図を作らなければいけない」
「映画監督のような演出力が必要」
「一枚の写真から、現在・過去・未来 時間の流れを感じさせる」
「我々は光の絵の具を使う画家だ」
「暗闇の中で1つ1つライトをあて被写体の世界を造る創造主だ」


更にFさんの考えには,ライティング、構図、イス、全てに表現の意味があり哲学的だった。そして何より人間性を磨く事と写真に対する情熱と謙虚さを大切にしていた。

 心躍らせて毎年一度訪問するようになり10年が経った。それ以来、写真の事が頭から離れる事はない。何度目かの訪問の時、Fさんが言ってくれた。「随分丸くなりましたね」。

 そして僕の写真も少しずつ温度が上がっていった。


父親として
 2001年長男が生まれた。男性カメラマンから父親カメラマンに変わった。すると家族の絆をお客さんと共有できるようになった。親子の愛情が写真に写るようになって来た。自然でさりげない子供の可愛さが自分なりに見えて来た。妻も母親の思いをお客さんと分かち合っているようだった。

 男の子は高熱を出しやすい。骨折で入院もした。その後生まれた次男も入院を経験した。親としていたたまれない気持ちを経験する事が、家族写真を表現する感性になっている気がした。

 そして二人の息子たちも現在 思春期を迎えている。なにかと反抗する彼らと接していくうちに、家族写真も「あるがまま」を撮りたいと思うようになって来た。息子たちは、成長していくその時期の魅力から、「ほうっておくことの難しさ」「彼らの世界の尊重」など、色々な事を教えてくれる。そして、今現在自分が歩んでいる僕の「足跡」を彼らに良いカタチで残したい、と感じている。


家族写真家として
 僕はこうして沢山の人に支えられながら家族写真を撮っている。恩師、家族、そして感性を刺激し合える仲間。人間としても写真家としてもまだまだ未熟だが、この人たちが支えてくれている事に感謝している。

 ジャニスジョプリンやチャーリーパーカーが命を削りながら歌い、演奏したように、魂のこもった写真を撮りたいと思う。とはいえ彼らと違って僕は楽しく幸せに撮りたい。なぜなら家族写真は愛と幸せを表現するものだから。

家族写真には様々な人間模様がある。時には家族の痛みに触れる事もある。

・ 余命僅かなおじいちゃんを囲んだ家族写真
・ 外国へ嫁ぐ娘さんと一緒に撮った家族写真
・ ご主人が入院先の病院を抜け出して記念日に撮った家族写真
・ 流産を覚悟しているマタニティー記念の家族写真

などなど。僕はこのようなとてもデリケートな事実を打ち明けてくれる家族の期待に応えたい。その家族を幸せに表現するために。Fさんの言うように写真家は自分の人間性を問われる仕事なのだ。しかも芸術性を伴いながら。

 そして僕の撮った写真が、家族の心にほんの少しでも響いてくれたら、そこからはじまる気持ちは、家族の心を変え、それぞれが自分らしさに戻り、その家族をもっと幸せにできるかもしれない。そしていつか世界だって変える事が出来るかもしれない。そんな果てしない夢を持ちながら、僕は妻と一緒に写真を撮っている。息子たちに誇れる父親になるために…。 

 
理想はいつ来ても暇そうでのんびりしてる繁盛店
2014年にちょっとしたお店のリニューアルしました。お店の名前を、佐々木写真館から「アトリエささき」に変更いたしました。

 リニューアルの大きな目的は写真館廃業。写真を撮影してお渡しする写真館から、写真の向こう側にある家族の幸せを贈る空間(アトリエ)に変わりました。今まで僕たちを支えてくれたお客さんを大切にしようと看板もはずしてしまいました。

 遠巻きで見ている人には廃業と思わせ、知っている人しか気付かないように、目立たずひっそりと、なんとなくのリニューアルオープンです(笑)。

僕たちに家族写真を撮ってほしいと思ってくださる方たちだけが集ってくれるように内緒で始まりました。自分で手を加えたい所もいろいろとあり、まだまだ未完成なスタジオですが、撮影をしながら、ゆっくりお客さんと気持ちを共有できるアトリエにしたいと思っています。

 そして撮影に来てくれたご家族が残していった「幸せの雰囲気」に満たされた空間になったらいいなあと思います。理想はいつ来ても暇そうでのんびりしてる繁盛店です(笑)。

 アトリエささきには定休日や営業時間はありません。一家族限定の隠れ家空間にしたくて、何もかも完全予約制です。そして写真の制作に集中させていただきたく、ご予約のある時だけオープンいたします。

 今回のリニューアルが実現できたのは、今まで築いてきたお客さんとの深い繋がりと、僕たち夫婦をサポートしてくれるスタッフのよっちゃんの存在、そして優秀なプロデューサーとの出会いがあったからです。本当にありがとうございます。

 自分のやりたいことをやるには現状から抜け出したいと思う強い気持ちと勇気が必要なんだと改めて感じました。そんなこんなで始まった「アトリエささき」。自分のけじめのために文章で残しておます。

まだまだ勇気が必要で、来年にはなくなっちゃってるかもしれないけど(笑)、みなさん、今後ともよろしくお願いいたします。

 2016年、49才の僕は15年ぶりにサーフィンを始めました。午前中はサーフィン、午後は撮影や仕上げ、といった日々を過ごしています。遊んでいるように見えますか?

 これは僕なりの理想へ近づくためのアプローチ。僕が僕らしく、来て下さる家族がその家族らしく、「Family is Art - 家族写真には世界を変えるチカラがある」のメッセージをこめて日々撮影しています。

                                   文 佐々木運真


【受賞歴】

愛知県営業写真コンテストグランプリ
東海四県営業写真コンテスト準グランプリ
Professional Photographers of America 入選
2002 年富士フィルム全国営業写真コンテスト 銅賞
2013 年富士フィルム全国営業写真コンテスト 銀賞 その他多数



(時々、写真家の集うセミナーで講師として招かれます。以下受講生の声です。)
セミナー後、アトリエささきのホームページを拝見しました。その時の感動は言葉では上手く表現できません。セミナーでお話ししていた佐々木氏の想いがいっぱい詰まったもので、「なんて素敵なんだろう、こんなにもピュアな想い出営業写真(記念写真)を撮ってる人なんだなあと」って思いました。


佐々木先生にとっての仕事への考えは「使命感」だとお話しされました。最初は少し大げさに感じましたが、先生の家族写真への情熱、取り組み方を知ると、まさにこの言葉がしっくりときました、先生は使命感をもって家族写真に取り組んでいます。先生の撮る家族写真は、テクニック以上にその家族の躍動するようなパワーが感じられます。私にとっての写真とは何か?それを今後探して行きたいと感じています。


「撮影はデッサン、画像処理は絵作り」先生はそう話されました。先生の写真は、西洋の絵画のような優しい光りと肌や素材の質感が出てるのが特徴です。もちろん撮影時のライティングも的確ですが、絵作りによってその光りを強めたり弱めたりあるいは新たに光りを足したりするそうです。これは本当に難しい作業だと思います。最近はPhotoshopを使えばどんな事でも出来ます。しかしこの写真をどう仕上げたいか?処理が必要な部分はどこか?そこが見極められるのは並大抵では出来ません。佐々木氏は、1枚の写真にとても時間をかけて仕上げられています。先生の高い感性と使命感によって生まれた写真はどれも自然でありながら絵画のような高い完成度があるのは、この絵作りがあるからだと思います。


撮影する時に「お客様だけでなく、自分も幸せな気持ちで臨み、さらには幸せな空気さえ作っている」のだと感じました。自然な表情を捉える際に、お客様との距離を縮めるのまでは想像できたが、雰囲気を共有するというのは素晴らしいと思いました。表面上ではなく、深い部分で繋がる事で、佐々木氏の素晴らしい写真が生まれるのだと感じました。



 

アトリエささき&kazoku

こんにちは。豊橋のアトリエささき 佐々木啓乃です。家族写真家 佐々木宏和の夫とともに、家族写真を撮影しています。お客様も家族でお越しになるので、私たちも家族でお迎えしております。



三姉妹に憧れていた家族写真家 佐々木宏和です。(実際は思春期の息子が二人です 笑)

160830保田姉妹


海や公園でロケーション撮影「飛行日和」