本編とそれるのでブログにしました。

下の立場の人(外交官)は、
口約束しか取り付ける事が出来ない。

上の人(大臣)がそれを破って
良いことが起こった試しがない。

(ましてや本編のように
意図的に破るのは問題外。)

約束が命に関わる事で、
「誰が責任取るの?」
「誰も責任取れませんよ。」
「そうだよな。嘘だろ。」

↑こんな会話を21年前に聞いた事があります。
噂の!東京マガジン

見ました。
墓地の永代使用料を払った人は、墓地を利用出来ると(弁護士が)言っていましたが本当にそうでしょうか?

もともと墓地にしてはいけない所に墓地にしたのだから、その土地は(抵当権の)地権者に返し、新たに墓地を立て直す必要性があるかと思います。

それが費用の問題で出来ないならば、寺? 事務所? の土地で地権者に返すしかないでしょう。

昨日、はじめて、あっ!とおどろく放送局にいきました。


生暴走(じゃなくて放送)を拝見してきました。



実は、あいちぃさんの司会するあっ!との放送は


0.5回程度しか見た事なかったので(恐縮)


それでもって、少しだけアウエー感があったかな?



行くまでに携帯ゲームして、迷って携帯使って、


放送中にメールしなかった。(電池切れ)



昨日、始めて出会った方々、お疲れ様でした。


来年もよいお年を。

掲題の件、スレッド「古きよきライオンズ」に一度掲載しましたが、

文字数500文字の制限を知らずに長文となり、

どんどん削除した結果、『「良かった話」を語るスレッドです。』

と書かれてしまいました。その理由もうなずけます。


文字数制限が広いブログで改めて掲載いたします。

尚、元の文章に近づけたく最小限ですが3カ所追加訂正いたしました。

青い部分が追加訂正個所。その他は掲載通りです。




立花義家 蓬莱昭彦など1982・83年の日本一メンバーの名前、懐かしいですね。


私からはもっと活躍出来たのに埋もれてしまった選手を2人。

山野和明選手。この選手はチーム一の俊足でありながら2軍で2番が多かったと思います。しかし犠打役ではもったいないです。

1989.8.13のオリックス戦は怪我でスタメンを外れた秋山選手の代わりに2安打。

1993年の日本シリーズ第7戦では初回2番で犠打を命ぜられた後、4番清原に2点本塁打。でもがっかりした記憶があります。

打てばどうしても安打だと思ってました。結局、得点は両チームの4番が打った初回の本塁打のみ。2‐3。

ドラフトの抽選で阪神が交渉権を得てれば違った人生だったかも知れません。正直イチローになり損ねた人だと思っています。

2人目は高山郁夫投手。

1988・89の先発ローテ投手でしたが、1989は抑えにすれば良かったんです。→良かったと思います。

(2002年にふとした事から思った事で、8年後の2010年でもこう思っています。)

同投手が先発する試合は、リードを守る事が出来てました。幾度と好投をするも1989年の最終登板となった10.12第2戦は、もうブライアントを止める事が出来ませんでした。

先発としてぎりぎり合格なら、山根投手の後に投げるべきでしたね。

心臓疾患の二男・早乙女廉がオリンピックに出たいという
思いを活かした事は、よい事だと思います。


ドラマでは殆どの人が反対でしたね。
私もその一人。


でも本人が命を投げ出しても出たいと言っているんだから。
この思いを大切にするべきでしょうね。


結果は、長男・早乙女洸が代表権を勝ち取り、早乙女廉は棄権。
早乙女洸のやる気を促す役目で終わりましたね。


もう考え方だけになったとはいえ、私の中にあったものを
再び思い出させてくれたドラマや私と同じ視聴者に感謝しています。

私は1989年8月13日の西武ライオンズ×オリックスブレーブス戦ですね。
9回裏2死満塁で、オレステス・デストラーデが

サヨナラ満塁HRを放ったシーンです。
ラジオの実況も覚えています。


「佐藤(義則)1球目。デストラーデに投げた。
 打ちました。ライトへ。
 満塁ホームラン。満塁ホームラン。サヨナラ。
 デストラーデ満塁サヨナラホームラン。
 8対4。ライオンズが勝ちました。」


この日は、両ベテランの投手戦で試合が始まりました。

4回B山森(L松沼)が先制2点打を打つと
その裏Lデストラーデ(B今井)がソロHR。
その後、再び投手戦となった後、

7回B松永が2点HR。この時点で1-4。


その後ライオンズは同点になるまで毎回1点ずつ取りました。
まずは7回2死から1番石毛のソロHR。
8回1死から4番清原の3塁打。5番デストラーデの犠飛。


9回は8番伊東が倒れた後、辻、石毛、立花(代走西岡)が塁を埋め
4番清原の6球目。ボール(押し出し同点)だと思ったライオンズに対し、
審判はファール。ホームベース付近に来た辻に戻るよう指示すると、

ライオンズは抗議。


結局仕切り直しとなり、清原が2球ファールで粘った後の9球目が押し出し。
そして5番デストラーデの翌年を占う場面といっていい状況になりました。


デストラーデは前年活躍したバークレオの不振でシーズン途中獲得した選手。
守備位置もバークレオの左翼に対し、デストラーデは一塁。
実況では、こんな事も言ってました。


「もし野球を辞めた時、きっとこの日の事を思い出し、
 何故あの時思いっきり打たなかったんだろうと後悔するでしょう。
 結果は、仮にヒットであったとしてもそれはそれでいいんです。
 ホームランを狙って打ってほしい。後悔しないでほしい。」


過去にも先にも聞いた事のない、心臓に響く低い歓声。涙声の実況。
スポーツニュースをはしごした事。忘れる事が出来ません。