山本周五郎 『山本周五郎全集(第18巻) 須磨寺附近 城中の霜』 (新潮社) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。


 1983年6月発行の新潮社版。久しぶりに山本周五郎の短編が読みたくなって、この本を取り出してきた。

 当ブログは、基本的に文庫本の紹介を念頭に置いているのだし、周五郎の短編集は新潮文庫から何冊も出ているのだから、そのいずれかを選べばよさそうなものだが、わが家にはこの「山本周五郎全集」全30巻が揃っているので、改めて文庫本を買い求める気にはならなかった。思い起こせば、中京競馬場で珍しく大穴を的中して、その配当金で「エイヤッ」と全巻一括購入したのであった。いまにして思えば、自分にこの幸運をもたらしてくれたレース名や馬の名前を失念してしまったのが残念なのだが。

 この全集は、第1~17巻が中長編、第18~29巻が短編集、そして第30巻がエッセイ集となっている。周五郎が意外と多くの短編を残したことがよくわかろうというものだ。

 そして、短編集は発表年月順に収載されているのもこの全集の特色である。すなわち、この第18巻に収められた35本の短編はすべて戦前の発表作ということになる。

 やや長くなるが、以下に収録作のタイトルと、発表年月、発表媒体、そしてその作品が組み込まれている新潮文庫のタイトルを列挙してみたい。(新潮文庫については、この本の巻末の「付記」を参照しているので、1983年現在のもの。)

 『須磨寺附近』     大正15年4月号「文藝春秋」     新潮文庫『花杖記』に収録 

 『だだら団兵衛』    昭和7年5月号「キング」        

 『溜息の部屋』     昭和8年4月号「アサヒグラフ」    新潮文庫『花も刀も』に収録

 『豹』           昭和8年9月号「アサヒグラフ」    新潮文庫『人情裏長屋』に収録

 『其角と山賊と殿様』 昭和9年2月号「キング」

 『麦藁帽子』      昭和9年11月号「アサヒグラフ」    新潮文庫『人情裏長屋』に収録

 『藪落し』        昭和10年2月号「アサヒグラフ」    新潮文庫『あんちゃん』に収録

 『留さんとその女』   昭和10年9月号「アサヒグラフ」

 『お繁』         昭和10年10月号「アサヒグラフ」

 『無頼は討たず』   昭和11年3月号「キング」 

 『正体』         昭和11年3月号「アサヒグラフ」    新潮文庫『花も刀も』に収録

 『蛮人』         昭和11年8月号「アサヒグラフ」

 『暗がりの乙松』   昭和11年9月号「キング」        新潮文庫『雨の山吹』に収録

 『入婿十万両』    昭和11年11月号「婦人倶楽部」    新潮文庫『やぶからし』に収録

 『嫁取り二代記』   昭和12年1月号「婦人倶楽部」

 『おもかげ抄』     昭和12年7月号「キング」        新潮文庫『人情裏長屋』に収録

 『お美津簪』      昭和12年8月「キング増刊号」     新潮文庫『月の松山』に収録

 『松林蝙也』      昭和13年1月号「キング」        新潮文庫『月の松山』に収録

 『槍術年代記』    昭和13年2月号「富士」

 『喧嘩主従』      昭和13年3月「婦人倶楽部増刊号」  新潮文庫『雨の山吹』に収録

 『朝顔草紙』      昭和13年10月号「講談倶楽部」

 『違う平八郎』     昭和14年3月号「講談倶楽部」

 『本所霙河岸』    昭和14年5月号「婦人倶楽部」

 『粗忽評判記』    昭和14年7月号「富士」

 『秋風不帰』      昭和14年11月号「講談雑誌」

 『柿』          昭和14年12月号「現代」

 『抜打ち獅子兵衛』  昭和15年2月号「講談雑誌」      新潮文庫『やぶからし』に収録

 『土佐の国柱』    昭和15年4月号「読物文庫」       新潮文庫『町奉行日記』に収録

 『主計は忙しい』   昭和15年4月号「奇譚」          新潮文庫『あとのない仮名』に収録

 『城中の霜』      昭和15年4月号「現代」         新潮文庫『日日平安』に収録

 『蕗問答』       昭和15年7月号「富士」          新潮文庫『やぶからし』に収録

 『三十二刻』      昭和15年9-10月号「国の華」     新潮文庫『一人ならじ』に収録

 『松風の門』      昭和15年10月号「現代」        新潮文庫『松風の門』に収録

 『内蔵允留守』    昭和15年11月号「キング」        新潮文庫『深川安楽亭』に収録

 『鼓くらべ』       昭和16年1月号「少女の友」      新潮文庫『松風の門』に収録


 山本周五郎といえば時代小説を連想するのだが、文壇出世作とされる『須磨寺附近』はいわゆる現代小説であり、神戸の友人の家に下宿した主人公が、その友人の嫂とほろ苦い恋をするという物語である。周五郎を研究する評論家にとっては極めて重要と位置づけされているようだが、さて、現代の読者にどれだけ通じるのだろうか。

 また、『麦藁帽子』『留さんとその女』『お繁』『蛮人』の4篇は、現代小説というより、そのまま『青べか物語』の世界であり、著者が早い段階からこの素材を温めていたことに驚かされる。

 『だだら団兵衛』は、著者の最初の大人向け娯楽時代小説だということだ。その後の膨大な傑作群に想いを馳せるとき、ユーモアを湛えつつ、確固たる信念を貫く武士を描いたこの作品に、やはり注目しなければならないだろう。

 昭和10年代といえば、暗い世相であったろうけれど、作品を読んでいてもそれは感じられない。そして、時代小説が大半であるからか、古さを感じることもない。明らかにユーモアを売りにした作品があり、そっと涙を誘う作品もあり、『城中の霜』のように歴史上の人物に周五郎らしい視点で迫る作品もあって、それぞれを満喫できる。

 好きな作家の短編を一つずつじっくりと味わうのも、ことのほか楽しいものだ。そんな当たり前のことを、今回は改めて実感することになった。

  2014年7月21日  読了