藤沢周平 『凶刃 用心棒日月抄』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 新潮文庫の改版。用心棒・青江又八郎シリーズの4作目であるが、前3作とは相当に趣きが異なる。

 まず、形式だが、従来は連作形式の小説を繋いで全体としても長編となるような構成であったものを、本作は最初から1篇の長編として書かれている。また、今回は、又八郎は脱藩して江戸へ来たわけではなく、表向きは通常の異動で江戸詰めになっただけなので、食うために用心棒になる必要はないのだ。それに、前作から16年後という設定で、又八郎も下腹の出た中年男として登場する。というわけで、物語の骨格は前作までを踏襲しているものの、ガラリと変わった印象は拭い難いのである。

 用心棒については、雇われ先のエピソードもこのシリーズの売り物であったはずなのに、酒毒で動きの鈍った細谷源太夫を助けるシーンが一度あるだけだ。口入屋の吉蔵もすっかり痩せ衰えてしまっていて、16年の年月の容赦なさが濃密に滲み出る仕組みとなっている。

 代わって本作ではミステリーの要素が濃くなっている。藩主の意向で嗅足組を解散することになったのだが、江戸の藩邸の秘密を保持するためか、佐知の配下である江戸嗅足組の女性が殺害されたり襲われたりという事件が起き、その江戸嗅足組を守ることが又八郎の密命なのである。ところが、江戸藩邸の秘密が何なのか、その秘密を守ろうとしているのが誰なのか、容易にはわからない。国許の嗅足組も江戸へ乗り込んでくるし、さらにはまたも幕府隠密らしき敵も現れて、謎が深まってゆくばかりなのだ。例によって、又八郎の剣と佐知の探察力によって次第に解明が進み、最後は真の黒幕との決闘に至るまで、緊張感に満ちたストーリー展開である。

 前3作ほどのユーモアの味付けはないが、推理小説を読んでいるようなワクワク感を楽しめる。そして、佐知の魅力は健在であり、又八郎との慎ましやかな関係も、16年を経たというのに変わらない。このシリーズ、又八郎の剣客としての魅力ももちろんだが、佐知の女性としての好ましさが、その人気を支えているのではないだろうか。

 最近は、作品が映画化もされて、藤沢周平ブームらしいが、やはり、良い作品は読まれて当然なのだと思う。

  2006年12月20日 読了