俺のことを色々とあの人たちに言わないでよ、と母親に釘を刺して家を出る。向かう先は中学校。自分が未だに中学生であることが不甲斐ないが、卒業してないのだから仕方がない。何とか授業数をこなして卒業にこぎつけたいと願いながら、もう何年経っていることだろう。家は出るものの学校へは辿り着かずに他で時間を過ごしてしまうことが何度あったことだろう。他で、と言ってもどんな所だったか記憶にない。ただそこらを自転車で走り廻って時の経つのを待った。教室の戸を開けてしまえばどうにかなるような気はするのにその勇気が湧かない。鞄に詰めて来た教科書が違うのではないか、別の学年のが入っていて笑い者になるのではないか、などと詰まらないことが心配で門の前を素通りしてしまう。二階の窓から同級生が見ていたような気がする。
同級生って何だ?自分に同級生なんているのか?と思って不思議な感じになる。学校にいる生徒は皆自分の孫のようなもので、もしも同級生がいるとしたらそいつも何かに置いて行かれたのに違いない。何かとは時間なのだろうが、それはエスカレーターのように自分の脇を上がって行ってしまうのだ。今更飛び乗ろうとしても転げ落ちるのが目に見えていて、それで別の手段を探しているのだろうが、教室にいるだけそいつの方が分がいいのだろう。もう自分とは学年も違っているのに違いない。
そんな息子のことを、今頃母親は茶飲み友達にどんな風に話しているのだろう。「あの子も不憫な子でねえ、一度滑り落ちたら這い上がるのが大変だってことを身を持って体験してると思うのよ。そこらの公園で滑り台を上がったり降りたりして人生を噛みしめていると思うのよ」女友達が手にした茶碗を揺らしながら笑う。「家の亭主も同じようなものよ。こっちは知らない振りをしているけど、自分が義務教育も終えていないって常に脅迫されているようなのよ」ああ、亭主と思われているだけまだいいじゃあないか。俺なんかまだ子供扱いで、体付きも中学生のままだ。パチンコ屋に入ることも出来やしない。入ったら同級生にやたらと会ってしまうのかも知れないが。
私は小さな公園の滑り台の上にいる。まだ早いが弁当を開くことにしようか。しかし鞄の底から出て来たムスビは石のように固くなっていて、歳月の重みを思い知らせてくれる。もう長いこと中でじっとしていたのだ。自分もこれと同じ忘れられた存在に過ぎない。誰から、何から忘れられたのか。差し詰め同級生たちか。いや、そんなことはどうでもいい。もっと掛け替えのないもの。
小鳥が急に飛び立って逃げて行く。そんなに驚く必要はないのに。俺はここでこうして自分の弁当を眺めながらこれからのことを思案しているだけなのに。
さてと、そろそろ下校の時間になったろうか。向こうを女子中学生の自転車がすごいスピードで走り抜けた。家に忘れ物を取りに行ったのだろうか。そのまま戻って来ないような気がする。あんな子と知り合いになれたら楽しいだろうな。しかしどんな風に近づいたらいいのかな。齢を誤魔化すためにはどんな工夫をしたらいいのだろう。自分にはそんな勇気はない。ここで母親の茶飲み友達が引き上げて行くのを待っているだけだ・・・。
