2010年を 振り返る時 やっぱり 1番は 臼蓋形成不全・変形性股関節症が わかったこと

これは 今年の重大ニュースというより 人生でも重大ニュース


2月のジョギング中 股関節が痛くて 歩くのも困難に


まさかの 診断 運動は 自転車と水泳以外 禁止


治らない進行していくだけ びっくりするような言葉が 診察室で私の耳に響いた


聞いたこともなければ漢字も読めない病名


何人もの先生に診察してもらった 病名は 全員一緒だった


戸惑いと失望と恐怖と信じられない思い


病気がわかってからの 2ヶ月くらいは もがいたりあがいたりのようだった気がする


だんだん同じ病気の方がいろいろ教えてくださったり・・・素敵なドクターを紹介していただいたり

走るのNGから 走る事を応援してくれる人が増えてきた


その先生ですら 「走れても ○年 それからは 水泳にシフトチェンジを。それ以上は譲れない」

と 言われていたけれど この間 「少しでも長く走れるように がんばろう」と 言ってもらえて

びっくりすごくすごく嬉しかった。


結果がどうなるにしろ その気持ちだけで充分ありがたい


診察 リハビリ 同じ病気の方の話を 聞くうちに 自分の感覚もどんどん変ってきた


どんな病気 何が良い 何が悪い 姿勢 筋肉 


走っていなければ この病気がわかっても 「走りたい」と 思わずに済んだ


けれど 走っていなければ この病気に 気づくのが遅れていた

走っていなければ この病気とも ここまで向き合おうと思わなかった


日に日に この病気が友達のような 同士のような感覚になってきた

子供の頃から コンプレックスの塊の自分の体にも どんどん感謝の心が湧いてきた

病気のお陰で たくさんの素敵な人とも ご縁をいただいたし 感動もいっぱい味わえた


病気に優しく 練習量も 日数も 練習のスピードも ぐんと去年より 落とした。


だけど ストレッチ リハビリの時間は ぐーんと 増えた。


去年よりも 練習量が落ちながら たくさん(自分比だけど)ベストタイムを ださせてもらったり

エントリーしていた レースには 全て参加することが できたのは

先生に 練習量の上限を 決めていただいたり リハの先生の リハビリを教えてくださった

お陰だと思う


ほんとに感謝ばかり


H22年.2.月22日 この ものすごく覚えやすい日が 股関節が痛くなって 病気がわかるきっかけになった日


今 思うと 神様からのプレゼントだったかもとも思う。(進行してきたら言う余裕はないかもだけど)


あの時 「走るのNG」と言われても 「走ろう」と割とすぐ決めた。

なんでだろうと 思い出してみると 「まだ走れるから」と 思う気持ちもあった。

人工関節になったら なった時 みたいな気持ちも少しは あった。


けれど 今は 違う


自分の走ってる写真を 客観的に見たとき・・


とても 「走るのNG」の病気をもってるとは 見えない写真だった。


その写真を見ていたら たくさんたくさんの協力してくださったり 応援してくださってる人の顔や 名前が

いっぱい浮かんできた。


そして 私が走る決断をしたために がんばって走ってくれてた「股関節」を 客観的に見た


あ~がんばってくれているんだなぁと いう想いと この股関節は 人工関節になったら 私の命より先に

死んでしまうんだなぁと 思った


まぁ 進行してしまうと仕方ないけどできるだけの 努力はしなくちゃね


目指せ!みんなで 同じ骨壷笑


せっかく生まれてきたんだから 人生貪欲に笑


「走る」事も 「自骨の股関節」も~