先日、中学受験のための国語の演習問題を目にする機会があって、

その中の一題に以下の文章がありました。

 

1968年5月、若者向けに行われた講演の記録ですが

コロナ禍での2度目のオリンピック開催を目前に控えた

今まさにこの時を措いてほかはないという、

時宜にかなった必読の文章であると痛感しましたので

 

少しでも多くの人に知っていただきたく以下に抜粋致します。

 

わが国の為政者にも是非ご一読いただき

自身を顧みてどう思われるかきいてみたいものです。

 

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- 前略 -

 

 民主社会における最高の道徳は、

 相手の立場を理解し、尊重することだと思います。

 

 相手を理解し、尊重する。

 自分が大事だから、自分と同じような一個の人間である相手の立場を尊重する。

 

 特に相手の意見を尊重する。

 自分の意見とちがえば、一層これを尊重する。

 

 自分の反対意見には、つとめて耳を傾ける。

 

 そして、自分の考えがまちがっていないかをしょっちゅう警戒する。

 

 これをぬきにして、人間の進歩なんてありません。

 

 気の合った者同士だけが手を結ぶなんて、そんな考えで、

 どうして、自分を引き上げていくことなどできましょう。

 

 反対意見に耳を傾けて、自分がまちがっているのじゃないかということ、

 より正しい考え方があるかもしれないということ、それを考えなくて

 

 気の合った者だけがメダカの集まりみたいなことをしていたのでは、

 人間はだめになっても、よくなることはないと思いますが、どうでしょう。

 

- 中略 -

 

 人間の条件というものは、とにかく自分でものを考える。

 

 自分で考えるためには、なるべく大勢の人の意見に耳を傾け、

 特に反対意見にすなおに耳を傾けて、最後は自分で判断する。

 

 その判断に基づいて行動する。

 

 その行動については自分が全責任を持つ。

 

 この三つを人間の条件といいます。

 

 この三つを守れる者がほんとうの人間であって、人間以外にはできません。

 

 こういう人間が当然自分で自分のブレーキを握り、

 同じようにブレーキを握ったちがった考えの人間と手を結ぶことによって、

 

 一層全体の力をのばしていく。

 

 それには相手の立場を理解、尊重するということが根本条件になってくる。

 

 人間は、こういう条件で少なくとも六十点以上とらなくてはいけない。

 

 六十点にならない人が社会へまぎれこんだり、職場へまぎれこむと、

 まったくはた迷惑になり、社会なり職場をだめにしてしまいます。

 

 自分で判断し、それに基づいて行動し、責任を負うという点で、少なくともぼくらは、

 六十点に合格しなければいけないと思います。

 

 六十点に足りない者は、みんなで寄ってたかって、

 合格点まで引き上げるということ以外にないとぼくは思います。

 

 

 臼井吉見 著 『 自分をつくる 』 (ちくま文庫) より

 (横書き表記にする都合上、改行箇所及び本文レイアウトを変更しています。)

 

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