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傀儡の國 (6)



 当然と言えば当然の如くこれほどまでに支持率を落とした板東に対する内閣不信任決議案が可決された。

任期一年にも満たないまま、板東の退陣が決まった事になる。


 既に多くの党員が最大の与党である国民党を離れ、そのうちの有力者は新しい党を打ち立て、それを支持する党員がその下に馳せるようになっていた。

従って 不信任案の可決を受けた衆議院の解散による衆議院議員総選挙では国民党は過半数を割り、長らく君臨していた与党の座を明け渡し野党へと転落する事が予想されている。

第一野党である社保党もその政策の閉塞感から、やはり大敗を喫する事が下馬評となっている。

代わりに新しく立てられた新日本党、新成党、光明党が着々と躍進を遂げていた。

 勢いに乗る新政党のうち特に成長著しいのが、新星、武田真一郎に率いられた光明党である。


 武田は三年前国民党に対抗する勢力としての結党宣言を発し、五年以内に政権獲得を実現するという大それた目標を掲げた。

だが、その言葉に違わず光明党は発足後すぐに参議院選挙に比例区から立候補し、立ち上げたばかりの政党としては過去最高議席を獲得するなど健闘、その後も地方選挙で公認・推薦候補が次々に当選 していった。

 そして、総選挙の前哨戦と位置付けられた東京都議会議員選挙では、

「国民党をぶっ叩きましょう!」

「ヤンキー・ゴー・ホーム!」

「政治家は拝まれる必要はない!」

 などと他党の政策を揶揄したキャッチフレーズを連発する激しい演説で一躍時の人となったのである。


 この選挙で光明党は大躍進し、本番戦である衆議院議員総選挙では武田自身も東京第一区から立候補しており、当選確実と見られている。

もし当選すれば現在の勢力図から言って新日本党、新成党は光明党に歩み寄り非・国民連立政権が樹立、その首班に武田が選ばれる公算が極めて高い。

そうなると閣僚を経験していない首相として、また国民党以外の政権による内閣として15年以上振り、すなわち国民党長期政権の崩壊、そして最も年齢の若い総理の誕生という歴史的快挙となる。


 党員数も当初10万足らずだったのが、現在では40万に膨れあがっており、 「富国強心」、「世界に誇れる日本」、「日本からの文化発信」など強い日本の イメージを掲げ、全国に張り巡らされた党員ネットワークと精力的な活動で着実 に支持を集め続けている。

 武田代表自身の個人演説会はもとより、武田代表が応援に駆け付ける公認・推薦候補の個人演説会には、政治家の演説会としては異例の数百規模の人だかりが毎回群れをなしている。


 武田はその洗練された風貌と、強固な信念、若年ながら卓越した弁舌を武器 に、閣僚の経験こそないものの、歯に衣着せぬ発言で各党閣僚や国民を驚かせて来た。

雑誌のインタビューで、「政治家は権力、いや金をもらいすぎだ」と発言したり、時の総理養田平太に向かって自衛隊の紛争地域への派遣責任をとっての辞職を公然と訴えたりした。

本人が開いているインターネット上のブログは一日に平均50,000以上のアクセスがあり、メールマガジンは登録者数が1,000万を超え、更に伸び続けていると言う。


 このカリスマ的な政治家の登場によりこれまで政治に興味を持たなかった若い世代やこれまでの閉塞的、絶望的な政治に辟易していた国民達がまるでアイドルのファンクラブにでも参加するように熱狂的に武田の一挙一動に文字通り一喜一憂し、それがすなわち光明党の人気を押し上げる結果となり、そして皆いつの間にかその政策に傾倒するようになっていった。





傀儡の國 (5)



 外に出ると春の日差しが眩しいぐらいで、東京都豊島区にあるちょっとした住宅街の道は大邸宅の庭庭に咲き乱れる花々の香りが漂い、沿道の小さな花たちま でもが春を謳歌しているように見える。

少し歩いただけでぽかぽかと体の奥からあたたかかくなってきた。

せっかく羽織ってきたジャケットを脱ぐと、エミがそれを受け取ってくれた。

 池袋に出るためには歩いて行けない事はないが、もう少し落ち着いた今時の街に行くには電車に乗らなければならない。

地下鉄の入り口を降り定期を使って改札を通り抜ける。

程なくして電車がやって来る。


 春の陽気につられてみなお出かけなのか車内は結構な混み具合だった。

つり革に掴まってふと見上げるとまたもや週刊誌の中吊り広告が目に入った。


『小原前首相の死は暗殺か?!』

『傀儡首相、板東の罪と罰』

『アメリカの介入、真偽のほどは?』


などという見出しが踊る。

- ここでも・・・か・・・。


ただでさえ政治に興味を持たない哲也でさえウンザリする程情報の入ってくる話題である。

気晴らしに外に出たものの、この話題からは逃れられないようだ。


 表参道で電車を降り、A3出口から地上に出て旧青山マンション通りを原宿方面に歩いていると、

前方にテレビカメラや音声マイクを持っている輩が目に入る。

- インタビューだ・・・!

哲也はこういった類が苦手だった。

何度かインタビューを受けたことがあるがインタビュアーに言葉を誘導されてしまい、どうもうまい事を言えない。

うまい事を言う必要はないのだろうが、それなら時間を割きたくはない。

かといって声をかけられないのも何となく寂しい。

 顔を背けて足早に通り過ぎたいが、腕を組んだエミが彼らに気付かずゆっくりとウィンドウショッピングをしながら歩いている。

歯痒い思いをしながら先へ進もうとすると、

「こんにちはー。今ちょっとお時間よろしいですか?」

スタッフジャンパーを来た茶髪の男がマイクを差し出してきた。

いや、と言いかけたところを

「あ、大丈夫ですよ!」

エミがすかさず答える。

- ああ・・・。

哲也は天を仰ぎ溜息をついた。

単なるミーハーなのか、無邪気だからなのか哲也と違いエミはこの手の事が大好きである。

仕方無い、と思いながらも何を聞かれるのかと 神経を張りつめる。

「板東首相の政策を支持しますか?」

「しません!」

「小原前首相の死はアメリカの圧力による暗殺と言う説がありますがどう思いま すか?」

「本当だったら怖いですよねー。日本は安全な国だと思っていたのにー。」

無邪気なエミは元気に答えている。

「彼氏はどう思いますか?」

インタビュアーは容赦なく哲也にもマイクを向ける。

「・・・どうでもいいですよ、別に政治が変わる訳じゃなし。」

吐き捨てるように言う哲也になおもインタビュアーが食い下がる。

「それじゃあ板東さんは支持しない、と。」

「しません、しません。これでいいですか。」

エミを無理矢理引っ張ってその場を立ち去る。こんなの時間の無駄だ。もう沢山 だ。

なによぅ、とふくれっ面しながらついてくるエミを引きずりながら、

哲也は 早くビールでも飲んでこの話題をさっぱり忘れたかった。


 街頭インタビューの様子を豪奢なソファに座り、ブランデーを片手に見つめる影があった。

60平米はあろうかという広いオーディオ・ルームにその人物は居た。

「フフフ・・・板東はかなり支持率を落としているようだな。」

「はい、もうすぐ5%台に突入しようかという勢いでございます。」

「フハハ・・・5%とはまさに消費税並みだな。計画通りだ。いやそれ以上かな?」

「は、ただ・・・。」

「ただ・・・なんだ?」

「は、未だ無関心な国民も大勢いるように見受けられます。」

「フフ・・・それも構わん。国民がみんないなくなっては困るからな。」

「それではそろそろ・・・。」

「そうだな、アレを実行に移そうか。」


 傍らに直立不動で控える人影とそんな会話を交わしながらその人物は楽しそうに高笑いした。

傀儡の國 (4)


 それは前代未聞の出来事だった。



 国会での答弁後、突然体の不調を訴えたと言う小原首相は緊急入院したと報じられ、

そのまま帰らぬ人となったのだ。


街には号外が舞い、トップ欄にこれまで見たこともない大きな字体(フォント)で首相の死を報じた。

ニュースも朝から 晩まで首相の死と功績、そしてその死因を議論する内容ばかりを流した。

 様々な憶測が飛び交う中、政府からはもちろん、担当医師団からも何の発表もないまま、忽ち次の首相が決まった。

同じ国家民主党の幹事長だった板東貴文である。


 本来であれば首相が亡くなった場合、新しい首相の選定には国会が召集さ れ、そこで衆参両議院における首班指名選挙が実施されるはずだが、どうもそのような選挙を行った様子もない。

何しろ早すぎる決定だった。

 この事から、すぐにマスコミは首相決定は一部の政治家による談合ではないかという疑惑を報じ始め、

その信憑性は定かでは無いにしても、国民が政治に対し て深い猜疑心を抱くようになった事は確かである。

 その理由は新しく総理になった板東にもある。


 板東首相は本当に愚鈍な人物だった。

発言はすべて紙を見ながら行うにも関わらず、「噛んで」しまうほど説得力に欠け、答弁になると言葉に詰まる。

坂東が言葉に詰まると、政府委員が委員長から指名もされないうちにばっと手を挙げて、すぐ首相に代わって答弁に立ち、適当に回答する始末だった。

 珍しく冗舌だと思うと、一国の総理としてあり得ない失言を連発した。

選挙に対する国民批判に始まり、北朝鮮問題の軽視、女性蔑視、と神経を疑いたくなるような発言、

更には日本の高校生が乗り込んだ練習船「こうち丸」がアメリカの潜水艦と衝突し沈没、日本人が何名も犠牲となった事件が起こった際にもキャバレーで酒を飲んでおり、第一報が入ったにも関わらず酒を飲み続けたという。

加えて潜水艦の艦長は軍法会議にかけられることもなく減俸処分のみで済んだことが明らかになったが、これに対してもアメリカ側に何の抗議もしなかった。

 これら一連の発言・ 行動に、これが一国の代表かとみな呆れてしまい、国民はそんな政治に、ある者は底知れぬ不安を感じ、ある者は感覚が麻痺し始めて行った。

 そしてとうとう極めつけの事件が起こった。

坂東は、小原前首相が悲願としていた沖縄サミットを「沖縄万博」と呼んだ挙げ句、特段の理由もなく中止にしてしまったのである。

準備を進めていた沖縄県を中心とした日本国民はもとより、招致が予定されていた各国の首脳達への申し開きもままならず、至る所からブーイングが上がった。

サミット中止に至 り、漸く国民は気付き始めた。


 小原前首相の突然の死、談合による首相決定、これらすべてはアメリカに楯突こうとした小原前首相の暗殺、政権転覆をアメリカが画策し、言う事を聞く愚鈍な人物を傀儡として立て意のままに操っているのではないか。

世の中ではこのよ うな憶測が実しやかに語られるようになっていった。


「どう思う?」

エミが珍しく話しかけて来たのでテレビに齧り付いていた哲也はちょっと驚いた。

「どうって、何が?」

「この、小原さんが暗殺されて、板東さんがアメリカの人形だって言う見方・・・。」

「そうだな、ちょっと小説っぽいよね・・・。だけど日本の政治家はやっぱりア メリカが怖いんだな。」

「・・・そう。でも私たちの子供の代には日本はどうなっちゃっているんだろう ね。」

- 私たちの子供だって?まだ結婚もしていないのに・・・。

そう思ったが哲也は黙っていた。エミの横顔を盗み見ると特に腹に一物ある様子でもない。

「気晴らしに飯でも食いに行くか?」

「え?ほんと!?久しぶりだからウレシイ!早速お化粧するね!」

 「久しぶり」というのが余計だ、と思いながらもはしゃぐエミを見ているとたまには普通のカップルみたいに外食するのも良いなと哲也は思う。

そう、まだ結婚 もしていないのに妙に所帯じみてしまって、つきあい始めた頃のように映画に行ったり、遊園地に行ったり、外食さえもしなくなっていた。

- そろそろ潮時か・・・。


「どうしたの哲っちゃんも早く支度して!」

その声で振り向くと、華やかに化粧し、会社に着ていくようなパンツルックではなく女の子らしいブラウスとスカートに着替えたエミが立っていた。

「どう?たまにはオシャレしないとね?」

哲也は久しぶりに見るエミの美しい豹変ぶりにやや気押されながら、うむ、と曖昧に返事をして有り合わせのパンツとシャツをもぞもぞと着、

上着だけは去年の誕生日にエミからプレゼントされた一張羅のジャケットを羽織った。