もっと自分のことを
知ってもらうために、
生い立ちから、高校生ぐらいまで、
一度にまとめます。
埼玉県秩父市出身。
2002年3月3日生まれの20歳。
幼少期の時の記憶は
ほとんど覚えていませんが、
いくつか覚えているのが、
回転する椅子(当時の自分にとっては画期的)に座りグルグル回っていて、
ふと立った時に目が回っているので
ふらつき倒れた際に、テーブルの角が
右目のあたりにぶつかり大量出血、
両親がすぐに病院だ!縫うしかないと
言われ、嫌だ、嫌だと大泣きし
断固拒否し、縫うのを免れましたが、
傷跡はまだ残ってます。
後もう1つが、父が野球を
やっていた影響で、幼い頃から、
おもちゃのバットなどで
バットを振ったりしていました。
その際に、手が滑り、そのバットが
窓に向かって一直線。
漫画にあるように綺麗に、窓ガラスが粉々になりました。
その後、小学校に入学。
可もなく不可もない、
成績もいたって普通の
小学6年間でした。
中学も地元の中学校に、入学。
中学生の頃が、今振り返ると人生で
1番尖っていたと思います。
反抗期を迎え、母とはほぼ
毎日ケンカしていました。
ただ、父はいつも自分の味方をしてくれ、理解してくれました。
もちろん、本当に悪いことをした時は
叱ってくれましたが、母とのケンカには必ず仲裁してくれました。
尖ってた内容がまあ、
若気のいたりと言うんですかね。
ヤンキーみたいな子たち遊んで、
23:00に帰るとか、酒飲むとか
タバコ吸うとか、
自転車2人乗りとかね。
そういう自分がカッコいいって
思ってた時期なのと、
イジメられたくない仲間はずれに
されたくないという単純な思いで、
仲良くしてたのありました。
なので、お酒は多少飲みましたが
タバコは当時も今も、一切吸ったこと
ないですし、吸うつもりもありません。
たまたま、中学の保健体育の教科書に
喫煙者の肺の色って写真があって、
非喫煙者は綺麗なピンク色なのに、
喫煙者の肺の色がドス黒い色をしていて、うわやば。汚って思ったのが
吸わない理由です。
ただ、日本の教育上、小学・中学は
義務教育なので、どこかで誰かが
必ず手を差し伸べてくれるんですよね。
それが、自分の人生の一つの転換点で、
そういう遊びをしていて、
生徒指導で呼び出された時に、
国語の先生に言われた事がきっかけで、
その生活は終わりを迎えます。
いいか、今はこうして、
悪さしていても誰かが必死に
止めようとしてくれるだろ。
これが、大人になったら誰も
そうしてくれない、自分で
気づかなくちゃいけない、
気づかなかったらどうなると思う?
と言われ
自分で悪いことをしていることに
気付けないと逮捕されるんだよ。
と言われ、普通に考えたら
当たり前の事だけど、当時の自分に
とっては、なんかそれが
凄く響いてしまって、何やってんだろ。
生活変えなきゃって思い、
変わりました。
授業を真面目に受け、夜遊びもせず、
親とのケンカは無くなり、親に
これまで以上に感謝を伝えたり、
母の日、誕生日には
プレゼントしたりする様になりました。
そのきっかけを与えてくれた
国語の先生には今でも本当に感謝しています。
中1、中2とこれ以降は、
大きな問題も起こさず、月日は流れ、
中学3年いよいよ受験期になりました。
とりあえず、一旦この辺で。
高校進学に対しても、長くなるので、
失礼します。
- 前ページ
- 次ページ