受験の思い出 ブログネタ:受験の思い出 参加中


ふと、ブログネタ欄を見ていたら、「受験の思い出」なるものが。

ほほう・・・。既に私の中では「おもひで」とか書きたくなるくらい

昔のことですなあ。


小学6年の頃、父の仕事の関係で北九州に引っ越しました。

そして、やはり仕事の関係で、中学3年生の時に 知多に戻りました。


・・・そうですよ。中学3年生。受験まっただ中です。

それも、3学期直前に引っ越したんですよ(汗)!

オヤジ殿~!!頼みますよ~ぅ。


授業内容が、九州と愛知で全然違っていて、成積最悪で

行ける高校があるのかというくらい。

それも地毛が茶色だったので、地味なヤンキーだと思われる始末で。

何とかギリギリ第一志望の 家から1番近い公立高校へ入学できました。


ただ、この時 第2希望の高校に行っていたら

未来の旦那さんと一緒の高校だったんですよね。

人生の分岐点って不思議・・・。

そして、多分高校で会っていたら結婚してないと思う(笑)。

学年が違うから、まあ会うこともなかったとは思いますが。


大学受験の時は、あまりの偏りのある成積に、担任の先生が

「指定校推薦」なるものを授けて下さったので、無事大学生になれました。

・・・普通に受験していたら絶対に受からなかったですよ(汗)。

何故かと言えば、国語関係・歴史関係・生物は、

上位10位に入ることもしばしばで、1位を競ったこともありました。


が。


数学・物理・英語が壊滅的だったのです・・・。

こちらはワースト10入り・・・いえ、

ワースト3入りすることもしばしば・・・。


そもそも、進学クラスに入れたのもミラクルで、

編成試験の成績も、数学と英語が30点あったかなあという感じでした。

でも、学年で私だけ、国語が100点だったんですね。

そしたら、その一芸だけで 進学クラス担当の担任の先生が

拾ってくれたのです(涙)。

先生ありがとう・・・。この時拾ってもらわなかったら

人生変わっていたと思います。


受験って、多分人生の分岐点のひとつなんですが

うまくいっても行かなくても、人生続いてしまうのですよね。


ダメでもダメでなくても、受験生のみなさんに

自分の歩く道が見えてくるように祈ってます。

受かっても、道が見えないと迷うし

受からなくても、違う道が見えたりすることもあるし。

自分の歩きたい道って、意外と見えないもんですから・・・。


パワーがあれば、どこに行っても

道なんぞ ガツンガツン開けるんでしょうけど。

これを書いている私は流されるの得意なので(笑)。

そんな道もありますよ~。

どこに着くのか分からないのが怖いところですが。


全ての受験生に幸せが訪れますように。