こんにちは。
金田音楽教室のピアノ講師・金田陽子です。
先日、ヤマハのピアノ講師になりたての頃に通った道を、歩く機会がありました。
↑ 東京の池袋駅から埼玉を走る東武東上線。
「川越市(かわごえし)駅」。
川越駅と川越市駅があります。
駅名に「市」がつくのって不思議だなーと思います。
東武東上線から西武新宿線の「本川越(ほんかわごえ)駅」までのあいだを歩いて、東武東上線にある音楽教室に4日間、通っていました。
↑ 小さな駅なので、和菓子屋さん「くらづくり本舗」もこじんまりと店を構えています。
↑ 駅前はこんな感じ。
正面に見える建物は「東武スポーツセンター」で、スケート場もあります。
↑ 民家なのですが、カーテンの向こう(部屋)にはピアノが置いてあって素敵なお宅なのです。さすがに何十年もたち、少し古さを感じました。
↑ この細い路地は近道なのです。
昔のままでした。
↑ 路地をぬけると、また家が立ち並んでいるのですが、ここは当時からピアノ教室をやっていたお宅です。
いつも子どもが弾いているピアノ曲が聴こえていました。
時とともに家も古くなった気がしましたが、家の前を通ったらショパンのスケルツォ第2番の演奏が聴こえてきました[E:note] [E:note]
朝の9時30分頃でしたが、素敵な演奏が聴こえて・・・・[E:happy01] [E:happy01]
この家の先生の演奏でしょう。
ああ、まだピアノを続けていらっしゃるのですね!!・・・と、心の中で思い、とても嬉しく感じました。
↑ 残念なのはこの場所です。
ここは当時、2階建てのキレイな家が建っていました。
そこに住んでいるお嬢さんが音大生のようで、いつもバロックや古典の曲が聴こえ、時にはロマン派の曲なども聴こえていました。
その1年後くらいに、その家の玄関にピアノ教室の素敵な看板が出ました。
音大を卒業して、ピアノの先生になったんだ~[E:happy01] ・・・・と人ごとながら嬉しく思いながらここの前を通っていたのですが、いつの間にか駐車場になっていました。
もう10年以上たっていますので、ピアノの先生だったお嬢さんもご結婚されて、どこかに転居されたのでしょう。
↑ そんなことを考えながら、西武新宿線の「本川越駅」に到着。
↑ 駅ビルの4階には「ヤマハ音楽教室」ができていました。(当時は駅ビルにヤマハはありませんでした。)
↑ 「小江戸川越 菊まつり」もやっていました。
埼玉県川越市付近は「小江戸(こえど)」と呼ばれています。
昔ながらの街並みがたくさん残っています。
ここまで、徒歩10分くらい。
今は「5年ひと昔」と言いますから、ずいぶん昔のことを思い出しながら歩きました。
少し(だいぶ?)話がそれますが・・・・。
当時、ヤマハで100人近くの生徒を受け持っていたのですが、私自身もいろいろな勉強をしていました[E:happy01]
↑ 『オルゲルビュッヒライン』(ベーレンライター版)
パイプオルガンの楽譜です。
音大のオルガン科の試験課題にも出る曲集です。
パイプオルガンのレッスンに力を入れていたのもこの頃です。
↑ こんなペダルの練習の楽譜も使っていたのですが、遠い昔のことです。
パイプオルガンのペダルは、両足のつま先とかかとを使います。
今は弾けるかどうか自信がないのですが、当時はさらっと?弾いていたので、先生がとても感心して褒めてくださった記憶があります。
パイプオルガンの師匠は、目黒の聖アンセルモ協会の主席オルガニストをなさっていて、演奏活動も行っていたかたでした。
今も、国内・海外問わず演奏活動をなさっています。
その頃の私自身は、自分のピアノレッスンにも行っていたし、セミナーにも積極的に参加していたので、かなりハードだったと思うのです。
でも、当時は独身だったのでマイペースで行動できたし、家事も親まかせで帰宅すると食事の用意もしてあって、ぜいたくな時だったな~と思います。
いろいろ思い出し、なつかしい気持ちになったひとときでした。
では、また明日[E:paper]