今年もすでに、10月が終わろうと

していますが・・・。

今までの残暑が幻と思うほど、

一気に季節は冷え込んでいます。

 

私の心情も気候と同じように

変わっていきました。

 

この1年半は、

新型コロナの感染拡大により

行動制限を余儀なくされ、

不自由で何かと気持ちや心も満たされず、

いつになったら元の生活に戻れるのか、

やりきれない気持ちと不安が

風船のように膨れあがっていました。

 

新型コロナ感染前には、

私の生活はかなり充実していました。

法務(お寺の仕事)においても、外にも出向いて

いろいろな所で活動していました。

 

 

人との関わりや心の交流も多く、

自身の向上心も自覚できて

やりがいを感じ、達成感もありました。

日々、充実しており

幸せを実感していたのです。

 

それが、昨年(2020年)3月以降

からでしょうか、新型コロナ感染症が拡大し

いろいろな活動ができなくなってしまいました。

やりたくても恐怖心に駆られたり、

周囲の目を気にしたりして、

行動が抑制されました。

 

メディアからの情報に惑わされ、

自分のやりたいことができないことに

不平・不満がつのってきました。

そして、コロナ禍の中、

心が乱れ愚痴をこぼしたり、

イライラして家族にあたりちらしたり。

また、思うように行かないことを

他人のせいにして、

行き場のない感情をそのような方法でしか

発散できませんでした。

 

「このままじゃ、いつまで経っても

同じことの繰り返しで

前向きに物事を考えていけない!!」と、

 冷静になって自分自身を見つめ直すべきだ!

と思い、本尊さんを前にして

コロナ禍での自分の生き方について

真剣に向き合うことにしました。

 

 

何気ない行動で、

私なりに気づいたことがありました。

それは朝の勤行の前、

いつものように仏飯とお茶を

お供えしてから読経してるときでした。

何気なく本尊さんの足元に目をやると

そこに、供えたご飯とお茶から

湯気が立っていました。

 

思えば本尊さんのおかげで毎日、

いつも温かいご飯が頂ける。

 

家では、妻や子供らの賑やかな

話声や笑い声があり、

まるでコロナ禍とは無関係な

日常が我が家にはあります。

 

人と会えないけど、携帯を開けば

仲間や友達とはLINE等で繋がっていて、

いつでも連絡がとれる。

 

コロナ禍でも関係なく

檀家さんから法事や葬儀のご依頼もあるし、

檀家さんはいつも気にかけてくださる。

 

それ以上、何を求めているのだろうか?

また、何不自由なく毎日過ごしていることが

どれほど有難いことか?

 

足元をよく見れば、

自分は決して不幸なんかじゃない。

自分にはこんなに幸せがあるではないか。

当たり前だと思って見過ごしていたことが、

こんなにも幸せなことだったのだと、

改めて気づかされたのです。

 

仏教の教えの中に、

《少欲知足(しょうよくちそく)

という言葉があります。

 

「足りているのにそれに気づかず、

いくら豊富でも心は満たすことができない。

足りていると気づくことで、心が満たされる。」

 

あれもこれもと欲を出せば、

一つ手に入れるともっと欲しくなり、

得られなかったり、達成できなければ

気持ちは貪・瞋・痴という毒に侵させてしまい

心が貧しくなります。

 

私の場合、

背伸びして色んなことに活動を広げて

いつの間にか心が貧しくなっていました。

結果、足元を見ずに

常に上だけ(願望や目標)追ってしまい、

それが出来ないことから自分で自分を

追い込んでしまったと、

今はただ反省すべきだと感じています。

 

今回の自粛生活の中で自分を見つめ直し、

落ち込んだ状態からも軌道修正ができて、

このような思いに至りました。

 

 

当たり前の幸せを再認識でき、

家族と過ごす時間も増えて、

今はそれなりに充実した日をごしています。

 

皆さんも、今一度

身近な幸せに気づいてください。

きっと気分がガラッと変わると思います。

全ては、自身の心がけ次第で

気持ちは前向きになれるのです。

 

さあ、皆さんもご一緒に

身も心もリフレッシュして、

新たなスタートを切りましょう!!