最近、ポーッとすることが多く
なかなか頭が回りませんが

昔の写真を見ていると、
ふと祖父の遺影に手が止まりました

前は母方の祖父の事を書きましたが、
一番長い間過ごした父方の祖父が
「わしのこともかかんか!
」

と、怒ってきそうだったので(笑)
おじいちゃんのことを書きますね

大正生まれの昭和オヤジ。
あだなが「鬼瓦
」

恐かったですね。
大好きで色んな話を聞きました

おじいちゃんはな
兄弟12人居たから、中学校行かんと
丁稚奉公(でっちぼうこう)行ったんや。
寂しいも何もないよ。
そんな時代やったんや。
その後、おじいちゃんは戦争に。
妊娠中のおばあちゃんを残して
満州に行ったそうです
生涯愛した麻雀は
その時、中国人から教わったそう。
次の日には敵同士になるんや。
可哀相?
やらんと、やられるからな。
和歌山県田辺市龍神村。
上の写真は本当に祖父の集落です
祖父は無傷で帰ってきました。
とことん運の強い人でした

山深い村には、
未だに伝統的なお祭りがあります。
それを偲ぶかのように、
都会へ出たものも帰省します。
天狗が走ってくるので
子供は恐いんですよ👺ウホホ
わーん

とにかく豪快な人で、
怒った顔よりも
大声で笑っている声を思い出しますね

毎週末、栗拾いさせられましたね🌰
たまにハビ(毒ヘビ)が出てきても
皮をむいて、クルクルクルっと
木にくくりつける人でした

3回噛まれて死に目に遭っても
ぶれることはありませんでした

三輪車の後ろに幌をかけて
荷台に乗せてもらいました。
揺れるんですが、
そのたびに土の香りふわふわりん

本家へ戻ってきて布団に寝ていると
まだ話りかけてきそうでした。
その夜は、
おじいちゃんの隣に布団を敷いて
グッスリと寝ました

鼓動はなくても、
素晴らしい思い出ですね
彼の見る景色は、
私の幼き頃と 寸分変わらず
存在し続けています。
以上です


