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帰国。

1月31日までなかったら帰国すると決めてましたが明日、帰国します。

こういう結果になってしまい自分自身をせめています。

11月、12月、1月と前チームでの給料がなく貯金を切り崩してここにチャレンジしにきました。

今回もたくさんの事が起きて、心のダメージは、かなり大きいです。

まず前チームのバンコクFCがなくなったことからはじまりました。

こんなことになるなど、思ってませんでした。

咋年末は、タイのチームのオープンテストを受けに行きました。

100人くらいのタイ人と外人が受けていて初めての経験としてここでかなりのインパクトを残さなければならないなと強く感じました。

アフリカンの選手は、確かにその60分の間でインパクトは残していました。

僕は、ボランチでとにかく戦って走ろうとやりましたがバランスや味方が足を痛みを訴えて10人で戦わなければならなくなったり、良いところを出せずに終わりました。

それから信頼しているあるコーチから近隣国でテストを受けに行かないか?行くと決めたならあっちのチームがチケット取るから年明けから行くから断ることはできないぞ。いいな?

年明けまでタイでのトライアルを行かずにそこに絞っていました。

しかし、そこの国のレギュレーションが変わり前所属がどこの国でも1部でプレーをしていなければならなくなり、行けなくなりました。

それから数日後にまた違う近隣国のボスから連絡が来て、あなたがほしいからすぐに来てくれと言われすぐ行きました。

テストを受けにいったその日からとりあえず4日間オフ。

あれ?

しかし、コンディションを保たなければならないのでGoogleマップで道に迷わないように調べてから外を毎日走りました。

道がそこまで綺麗ではなく、砂ぼこりが舞う中、排気ガスがすごい中、野犬に吠えられながら走り続けました。

そしていざ練習日になるとまたその日から1週間オフになりました。

これは、やばいぞ。

ずっとホテルに缶詰状態になりメンタル的にもだいぶ追い込まれてきました。

この状況が続いてる中、他のチームの外人枠が決まっていく、ボールも触れない日々が続いてました。

連絡を取り合い、待ってほしい。と言われ…

それから4日後、そのチームが潰れることが発表になりました。

この8日間、非常に大事な時期だったの自分が一番わかっています。

お金の面で色々な手違いもあり、所持金が底をつき帰りはバスで陸路で11時間かけてバンコクに戻りました。

そして、最後のチャレンジにかけてタイの北部の4部にあたるチームに行きました。

アフリカ人がすでに6人いて、毎日アフリカ人が入れ替わったりしていてよくわからなかったけど、自分が今できることを精一杯出しきりました。

結果は、NOでした。

More impact african player..,

インパクトがアフリカ人ストライカーの方がある。

アフリカ人、ストライカーに負けました。

芝はボコボコ、トラップやすべてにおいて難しかった。

しかし、アフリカ人ストライカーはそれを強引にゴール前まで持っていく。

ここには、ここのサッカーがある。

悔しい、悔しい、悔しい。

ただただ自分の能力の低さに…

でも、なんだがすごくすっきりした気持ちでした!

わからないけど、

これで終わりか…

やりきったのか俺は…

福島を出て、これから東南アジアで活躍して上を目指すと決めてから…1年で帰国…。

応援や心配してくださった皆さん、ご期待にこたえれず本当に申し訳ありません。

でも、僕はまだサッカーを続けたいです。

あきらめたくないです。

これから日本のカテゴリー問わず、探していきます。

契約を勝ち取れるように精一杯やりきります!!!!

今年は、首都バンコクから色んな事を学び、助けてもらえた気がします。

See you agein bangkok.

              横野 純貴