今日、10月10日は記念日です。

私にとって重要な記念日なんです。

東京オリンピックの開会式に選ばれた日が1964年の今日なのですが、その理由は、10月10日が当時の統計で晴れの確率がいちばん高かった日だったとか・・・・。

さて、今から40年前、夢で胸を膨らませたひとりの青年が羽田東京国際空港からPan American (PANAM)のジャンボ機で飛び立ちました。約40人の友人に見送られて・・・・・・・。 

私にとって、人生の一大転機でした。 当時は異端児でした。

あれから40年、青年は、先端児に育ちました。

あの時の気持ちを忘れずにこれからも頑張ります。

顔晴ります。
儒教の影響で、日本では、意志の「志」のみが尊重され、「意」は、常に抑えられてきました。

朱子学なら、国家の秩序を守るために、国民の「意」が抑えられるのは理解できるのですが、陽明学においても、やはり、「意」は忌み嫌われてきました。 

近江聖人として有名な中江藤樹は、陽明学の神髄は、「心即理」つまり、「人の『あるがままの心』が善である」と説かれました。

そして「あるがままの心」の修行として本体工夫、心から消し去るべく欲望を「四つの念」に分類されています。 

その「四つの念」に、「必」、「固」、「我」と共に「意」が含まれています。

「意」は、自己中心的・利己的な欲望であり、自分さえよければいい、といった発想です。

「十の意」で私が、意図する、意味する「意」とは、ずれがあります。

私が意味します「意」は、もっと純粋な「意」で、人間の行動の根本をなす良心的な「意」です。

ですから、利他行動を目指すにしても、決意が必要であり、人間が自立を目指す、意志であります。

つまり、英語の「Will」であります。

グローバル化が進むなか、グローバル化は、「チョイスするか、しないの問題ではない」とライス元長官も仰いましたが、世界のトレンドであり、その中で、我々個人個人が如何に生き抜くかということが我々の人生の課題になります。

日本では、個人主義と利己主義は、同じものと誤解されることが多いですが、決してそうではありません。

英語では、Where there is a will, there is a way.と言いますが、このWillが私の意味します「意」です。
青年は、日米の様々な方々やセミナーで学んだことや自己の体験から、「十の意」をまとめました。

直接・間接的に影響を受けた方々には、白洲次郎、ベンジャミン・フランクリン、スティーブン・R・コヴィ、サミュエル・スマイルズが含まれます。

白洲次郎といえば、占領下、GHQの要人と対等に渡り合った日本人です。

ベンジャミン・フランクリンは、アメリカ独立前後の思想家・政治家です。 フランクリンの13の徳目で有名です。 雷から電気を発見した方です。

スティーブン・コヴィは、「7つの習慣」の著者です。

そしてサミュエル・スマイルズは、「自助論」や「向上心」の著者です。「天は自ら助くるものを助く。」で有名です。