お盆で久しぶりに故郷に帰りました。母は寝たり起きたりの生活。でも、私と昔話をするうちにだんだん元気になりました。
『久しぶりに筆で字を書いてみたくなった。』
既に十数年前に書家を引退している母はそう言いました。それから、やれ筆を持ってこい、色紙を出してこい、新聞紙で養生しろ、墨をすれと私に命令しました。そして、まずは新聞紙の上に何度も練習した後、深呼吸をして新しい色紙5枚に書きました。
『まあまあの出来やけど、落款を押したらちょっとは見栄えがようなったかなぁ。』
やや不満足そうに母は言いました。それでも、すぐ気を取り直して
『どの色紙でも、あんたの好きなのを持って帰りな。』
母はそう言ってくれました。
母九十九歳、息子六十三歳のある夏の日の出来事でした。