今日も練習しちゃう☆
そんな私は、まじめな人☆(;・∀・)
心理学にたどり着く人はたいてい
良い意味でも、、悪い意味でも
マジメな人が多いです。
昨日書いた記事で、あやしのは
共依存者の課題は
「人のお世話をしないこと」
とお伝えしましたが・・・
例えば、あなたが通行人から道を聞かれたとしましょう。
教えるより直接案内した方が早いからと、あなたは目的地までその通行人を連れて行ってあげた。
これはお世話しすぎの共依存でしょうか?・・・・
って・・・そこまで思いつめなくても良いのです。
心に余裕があるなら、どうぞどうぞ。
心に余裕がないのなら、断っても良いのです。
ただ共依存者にとって、断ることはチャレンジになります。
もし、自動操縦のように、魔法にかかったように
どんなに苦しくても・・・例えば、
トイレが近くてもれそうなのに、
絶対に遅刻できない用事があるのに、
体調不良でフラフラなのに、
道案内をしてしまうのなら、
断ることは、共依存を止めるチャレンジです。
そして、断った後に訪れる
なんともいえない感情。
罪悪感、さみしさ、うしろめたさ、
わたしが断ったせいで相手に何かあったらどうしよう?
入れ替わり立ち代わり訪れる さまざまな不安
これらのネガティブ感情こそ、あなたが避けてきた
心の傷の一部です。
ただ、道案内を断るだけで、
こんな十字架をなぜ背負わなくてはならないのか?
悩みのスケールの小ささにも落ち込んでしまうほど。
決して小さくはありません。
氷山の一角というやつです。
アルコール依存、スマホ依存、買い物依存、ギャンブル依存、共依存、性依存、仕事依存、過食嘔吐、DV、児童虐待
こういった嗜癖(しへき)=アディクションを止める時と同じです。
苦しみがやって来ます。
先ほど挙げたような↑ネガティブ感情が苦しいのです。
嫌な人から距離をとる。
これ以上はムリと思った仕事を断る。
食事をインスタントで済ます。
子供の面倒を他の人に頼む。
自分のための時間を確保する。
自分の幸せのために、嫌われる勇気を振り絞って
とっているハズの行動が
苦しみをもたらします。
なぜか感じる
モヤモヤ、冷や冷や、落ち着かない
さまざまな
嫌な感情。
多種多様なネガティブ感情。
それに耐えきれなくなって、
例えば仕事依存を止めたのに
買い物依存が始まった。
ということも起きます。
あらゆるアディクションは、心の防衛でもあります。
本当の心の痛みを避けるためです。
それほどの心の痛みに、あえてそこに踏み込む必要ある?
セラピストたちの間でも意見が分かれるほどです。
日常生活に支障がないのなら、あえて踏み込まない方が良いという場合もあります。
苦しいけれども、ボチボチ、苦しみとお付き合いしつつ生きる。
自分と同じ、もしくは似たような悩みを持つ人たちが集う
自助会への参加は大きな助けになります。
心の傷は、通常の医療のように、手術すれば治るというものではありません。
早期対策や、予防、心の癒しを加速させることは
できません。
時が満ちておのずと治癒が起きる。
神的=スピリチュアルなものです。
しかし、ホッタラカシが良いというのでもない。
セラピストは、クライエントに対して、流れに任せることと、積極的であること、矛盾した二つの方法を同時進行します。
何もかも手放して神や宇宙にゆだねるのもダメ。
努力努力でがんばるのもダメ。
なのに、
何もかも手放して神や宇宙にゆだねることを学び
やりすぎない努力も時には必要で・・・
そんなふうに、
セラピストは人間の矛盾と向き合い続ける宿命です。
何もかも手放して神や宇宙にゆだねつつ、
ある程度の努力をボチボチできるようになっていきます。
なーんだ。こんなもんか。
それくらい。時間をかけたわりには、あっけないものです。
そしてユング派の心理学的には、
人類の無意識に共通してあるかのような感情
悲しみ、さみしさ
が、あなたにやって来ます。
それは、アディクションからの卒業であり、過去の自分からの卒業証書です。
※アディクションは治りません。しかしあなたの人生のある段階が終わったこと、卒業を迎えたことをあなたは何となく分かってしまいます。
そんな卒業が1人でも多くの人に訪れますように。
人生冒険の主人公はあなた!😊💖✨🌌