この世に生を受けると、誰もが避けて通れない世界。
私はそれがこの世における 『競争社会』 だと思っている。
生まれた直後に、まずは身長・体重で、 『○○ちゃんより大きいね』 と軽いジャブが始まる。
以降、客観的に分かりにくいもののありとあらゆるものが数値化され、他人との比較対象になりうる。
兄弟間での生存競争。
壮絶なママの奪い合い合戦が繰り広げられる。
間もなく、幼稚園では運動会が開催される。
そして、受験。
卒業すると、廃車になるまで続く出生競争。
営業マンが突き進む挙績競争。
恋愛だってそうだ。
自分の誠心誠意だけでは勝てない。
相手との駆け引きが必要だったり、ライバルを蹴落とす瞬間もある。
私自身、この掟が間違っているとは思わない。
幼稚園のころから徹底的に競争意識を植え付けられたからだろうか。
スポーツの世界では常に勝利を強要された。
小学生になると塾に通い、受験も経験した。
これが自分を成長させたと今でも思っている。
しかし、これでいいのかな?といつも思う。
悲しいことに、ステキな思い出になっていないのだ。
社会人になった今、この競争意識が 『役に立つ』 程度には感じている。
自分はこれでよかった。
でも、これに耐えられない子供はたくさんいる。
子供ながらに、自分の友人がこの競争から脱落していく姿を何度となく見てきた。
勝者・敗者の気持ちを学べた、というべきなのだろうか?
実際には、自らの手で、長女をこの世でもっとも激しい競争のひとつの中に放り込んだ。
受験戦争である。
小学校受験ほど、親のエゴが働く場はない。
子供には何の意思もない。
幸い、彼女は 『勝利』 を得た。
でも、彼女が傷ついてしまったとき、親として責任をもてたのだろうか?
親として、どうせ競争しなければならない時期を迎えるなら、少しでも楽な競争にしてあげたかった。
だから受験させた。
でも。
それでよかったのだろうか?
なぜか朝から長女の運動会のDVDが目に飛び込んだ。
徒競走に一喜一憂する妻。
横で浮かない表情の私。
徒競走を眺めることで、いつも感じてしまうことがある。
過酷極まりない競争を強いられている現在の私ならではかもしれない。
『何で、こんなちいさな子供のときから競争しなきゃならないのかなぁ。』
甘いのだろうか・・・。