いよいよ本編に入ります。本編は前編、主編、後編

の3部構成です。前編は東谷の沿革で日本書紀景

行天皇記の上古の時代から平尾台の事が書かれ

ておりそこに住んでいた土蜘蛛と言われる異民族を

誅したことが書かれています。ちなみに現在のみや

こ町あたりに仮の行宮が置かれたと言われており、

その名残が町名に反映されたともいわれます。時代

は少し下り奈良時代の少し前、飛鳥藤原時代に東

谷一帯(東谷、田川も含むとも言われます)銅を産

したことで今も採銅所の地名が残っています。鎌倉

時代に作られた井手浦の梵鐘には大野庄の文字

が刻まれています。また大野という言葉は今も東大

野神社という名前につながっています。室町時代

後半から戦国時代にかけては山口の大内氏、豊後

の大友氏、筑前の秋月氏さらには島津氏の勢力が

互いに覇を競い小野田氏をはじめ中小の豪族は

その生き残りをかけて必死の活動をしていたころで

す。やがて豊臣秀吉が九州を統一すると毛利氏の

影響下に置かれ一旦は落ち着きますが豊臣家が

滅び徳川の時代になると丹後より細川氏が転封

してくると徳川政権が盤石になるにつけその統治

が進みました。さらに細川氏が熊本に転封後は播磨

より徳川親藩の小笠原氏が入り九州の抑えとして東

谷(当時は小森手永)を含む豊前小倉藩を幕末まで

治めました。

 

 

 

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