8時スタートのジジコンペは富士山の麓の東富士カントリークラブ、2組6人。

暑さに恐れをなしてジーサンは少なめ、といっても80歳以上が2人いて、それが最初の10番ホールなんて98ヤードも先にあるグリーンティーから打つもんだからかないっこない。

 

 

 

45,46の91で2着に食い込んで久々の賞金にありつき、中身だけ抜いて使いまわしの袋は返し、レモンのカキ氷をかきこみ事故渋滞と工事渋滞の東名をすり抜けて 横浜「ミナトミライスマートフェスティバル」の花火大会に駆けつければ、

 

 

 

三脚を立てるスペースもこんなにイッパイでコッチも開放してよと規制線の外に三脚を立て、係員も見て見ぬフリで大人の対応。

 

 

 

 

ウシロに日本丸が鎮座する芝生の方には続々と観客が押し寄せて、さあ花火大会の始まり始まり~。

 

 

 

25分間で2万発を打ち上げるというから、いつもの5分間の花火とは違い最初からドンパチドンパチものすごい勢いで花火が打ちあがり、

 

 

 

息を飲みながらその光景を楽しんだ。

 

 

 

土曜日はリュウヘイのお別れ会。

同じサッカー部でセンターフォワードをやってたヤツも茨城から駆けつけて、こいつは川久保玲のファッション事務所を手伝っていたが50になって突然茨城に引っ込んで夫婦で農業を始めた。

 

 

 

野菜を作ってニワトリを飼ってタマゴを採って、ファッションから農家ってよくそんなに180度も変われるもんだって感心したけど、いまだに現役のお百姓さんだ。

 

 

 

 

 

「キャプテンだったマチイも死んだ、顧問のナイトーも死んだ、リュウヘイも死んで アッチでもう一人メンツが足りないって言ってるぞ!」

 

オレに言うな、お前が先に行け!

 

 

 

顧問だったナイトー先生は大学を出てすぐに母校だった我々の高校に赴任してきた数学の先生で、みんなで家に押しかけてマージャンしたり発売禁止になった「網走番外地」のレコードを聞いたりと あのころ流行の学園TVドラマそっくりだったな。

 

 

 

宿直の時は、数学を教えてもらいに夜 学校まで出かけ

「数学で一番大切な数字はなんだかわかるか?それは 3と7だ!」

それってマージャンのときのハナシじゃない?

 

 

 

 

10年ほど前にサッカー部のOBの集まりがあり、その時にナイトー先生のホームの厚木のゴルフ場でゴルフをやろうというハナシになった。

 

 

 

 

リュウヘイは あの体格だから当たればものすごく飛んだが、おれもそこそこのゴルフをしてた時期でマジメにやってスタートホールの2打目、ここどちらの方角に打てばいいんですか?と地主の先生に聞くと

「オッ、それは良い質問だ」

いまだに先生の気分でいやがったけど、先生もアッチの人になっちゃったか。

 

 

 

 

花火はいよいよ佳境に入り、

 

 

 

次から次へと打ちあがって、

 

 

 

 

 

 

 

 

8時近くなり さあ、いよいよフィナーレのクライマックスが始まるぞ と待ち構えたが1分たち2分たってもウンでもスンでもなく おかしいな、なにかあったかと思い始めたころに隣のアンチャンがスマホ片手に

「打ち上げる台船が火事で、花火はこれで中止みたいですよ」

 

スグにイヤホンを付けてた係員にも連絡が入ったようで ハンドマイクで

「本日の花火は中止になりました。速やかにお帰り下さい」

 

なんだよサイゴはしまらねぇ花火大会になっちゃったなと家に帰りつくと、まだミナトのほうで ドーン、ドーンと残りの花火を打ち上げる音がして 長い一日も終わったというワケでありました。

 

 

 

 

 

 

 

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