御坂峠天下茶屋前は夜明けの富士山を狙って?三脚が立ち並びクルマを停めるスペースがなく トンネルの先に停め、トンネル内をテクテク戻って いざ行かん。
富士山は気温が高めのためか、空気がモヤッとした感じで しかも逆光、年賀状用にと意気込んできたが今日は期待ウスだな。
まず御坂山に登り 旧御坂峠を経由して黒岳まで往復するつもりで 6時スタート。
すぐのところに太宰の石碑。
2,3年前 三つ峠に登った帰りに ここに寄り石碑もながめたが あの時はイヌ連れで 天下茶屋のホウトウは犬は入店ダメと断られ 今日は念願叶うかな?
石碑のウシロに廻ると、師匠の井伏鱒二が書いた碑文が読めた。
今日はちょっと長いぞとココロに言い聞かせ もうオレくらいの歳になるとラクな山なんて一つもない。
クルマで峠道を上がってるときも、いいぞいいぞドンドン上がって標高を稼げってなもんだ。
朝日が上りだして富士山を照らすが、どうみても逆光だな。
すぐにうっすら汗をかき 体温調整でジャケットを脱ぎ腰に巻いて・・・
振り返ると左手の山頂にアンテナが見えて 三つ峠山?
一汗かいて尾根筋に出たら、今度は甲府側から吹き付ける風がビュービュー。
かいた汗が冷たくなてきてヤバイ、年寄りは身体を冷やすのは厳禁、腰に巻いてたジャケットを又着こんだが目の前を、左手の谷底から舞い上がってきた落ち葉が横切って そういえばテンクラによれば今日のこのあたりの予報は「B」だった。晴れなのに「B」とはこういうことだったのか。
行く手に見える、あれが御坂山か~。
とりあえずあそこまで1時間チョいくらいらしいけどな。
いよいよ寒くなり、もう一枚ダウンを着込んで ここは基本的には尾根歩き。
しかし結構アップダウンがあり、前方に見える山が御坂山かと思っちゃ、何度もだまされ・・・
ところで今日の目指す黒岳というのは、前にメイの子供と登って2万円入りのサイフを拾った大菩薩山系にも同じ名前の山があり、あちらの標高は1988mでこちらの黒岳は1793m。
それでも黒岳といえばこちらの山を言うくらいこっちのほうがポピュラーなはずなのに、いまだダレとも会わない。
炭治郎が一刀両断した岩、ではない。
今度こそあれが御坂山か?
もうスタートして1時間は過ぎてる。
左手には葉を落とした木々の間に、富士山が見えつ隠れつ・・・
あちこちに落ちてたコレはブナの実?
あの先か~?
1時間半かかってやっと御坂山 1,596m。
フカフカの落ち葉の吹き溜まりを蹴散らして まだ倍以上の距離があるけど目指せ黒岳!
その先のくぼ地に大きな鉄塔が建っていて絶景ポイント。
のはずだったけど、やっぱり逆光でアカンやないか。
太陽と一緒に歩いてるから、いつまでたっても逆光だ。
オレよりよほど歳食ってる大木。
ここが旧御坂峠か。
御坂トンネルの脇にクルマを止めてここまで直登ルートがあったが、太宰の石碑をもう一度拝みたかったので長いけど天下茶屋ルートにした。
すぐ脇の地蔵さんに手を合わてお賽銭を投げ入れ、あと1時間10分。フツーの人なら・・・
このあたり、春にはカタクリの花が見られるそうだ。
影法師の先に甲府盆地。
このホーローびきの看板はあちこちで見るな~。流れ弾に当たるシンパイはないってこと?
大木が人の顔をしてたっていいじゃない。
時々立ち止まっては風の音を聞き、大きな木の梢を見上げて腰を伸ばし、
これはたぶん、黄色い花の名残・・・
ここらあたりでやっと向こうからやってきた第一山人と遭遇。
「キモチいいですね~」と言いながらさっそうとすれ違って行った中年の山男。元気でいいな~。
河口湖が大分下に見えてきたころ、
御坂山塊の最高峰 黒岳到着 9時半。スタートしてから3時間半かかってる。
丁度年恰好が似たようなおじさんが標識の前でスマホで自撮りをしていてアイサツを交わし、
どんべえ峠から来たのか?と聞くので、そんな キツネソバみたいなところは通らなかったような・・・それってもしかしたら御坂峠の別名?
「今さっき、二人連れが降りてったけどスレ違わなかった?」
二人連れとは遭ってませんよ。黄色のヤッケの男の人ならひとり、ちょっと前にすれ違ったけど・・・
どうもハナシがかみ合わない。というか少し怖くなってきた。
振り返ると、確かにどんべい峠の標識があるじゃないか。
おじさんが、リュックから小さいタブレットを取り出して地図を開き ここがドンベイ峠と見せてくれたところはどうもオレが上ってきたところとは違う。そこを経由するんなら1時間もかからないで登ってこれる?
地図をユビで広げてワタシはこの天下茶屋というところから御坂山を越えて、もう3時間以上かかりましたよと言えば大層驚いてくれ、どうも反対側から登る近道があったようだ。歳の頃を聞けばテキのほうが8っつも若かったけど このあたりの同じような山をたくさん登っていて 随分とハナシが合い、
黒岳の頂上は見晴らしが利かないが、その200m先に見晴らしの良いところがあって、そこで昼飯を食べながら山談義。
手前から節刀ヶ岳、十二ヶ岳、鬼が岳、雪頭ヶ岳、王岳、毛無山、長者ヶ岳、天子ヶ岳
マスクはしてないけど距離はとって、景色の良い岩の上であれがどれだと言い合い、たっぷり休憩。
さぁ、帰るぞ。三つ峠も大分小さく見えて、随分遠くまで歩いてきたもんだ。
風が吹くと 残っていた落ち葉が舞い落ちて
♪ 落ち葉の舞い散る停車場は~
あの奥村チヨの歌った終着駅のサイゴのフレーズ
♪ そして今日も一人明日も一人過去から逃げてくる
のところが、どうも山を登り終えやっと登山口に戻ってきた人を想像してしまう。
昔から山は異の世界、魔物が住む異界を彷徨って現世に戻って来る人たちとイメージが重なる。暗い山道を抜けて登山口から帰ってくる人達、今日も一人明日も一人・・・
吹き溜まりの枯れ葉は登山靴を隠すほど深く
2週間前に滑って打った尾てい骨の痛みはまだ治まっていないのに、又滑ったんじゃかなわんんと慎重に下って、
帰りは2時間半、河口湖の橋が見える天下茶屋まで降りてきて一枚。相変わらずの逆光だけどな。富士山頂上の雪もてかてか光って見えた。
太宰は鎌倉の海で入水し女だけを死なせ、パピナール中毒は重症で入院、人間失格の烙印を押されるも退院して別の女性と一緒に暮らしたが離縁、昭和13年秋、井伏の紹介でこの天下茶屋2階に それまでの生活に区切りをつけ思いをあらたにする覚悟で、雪が降りだすまでの三ヶ月間逗留したという。
天下茶屋滞在直後には、甲府在住の女性と見合いをして結婚を決意した。窓から富士山が見えるこの部屋で暮らした三ヶ月が太宰にとっては一番穏やかでシアワセな時間だったんだろう。
天下茶屋も建て替えられていて、この部屋は復元されたものだというが、ながめた富士山はあのまんまそこにあったんだろし、オレたちイナカもんは なんだかんだ富士山にイチャモンをつけるがこころの奥底じゃ畏敬の念を抱いている。
念願の天下茶屋 きのこ入りほうとう鍋。
ナメコが山ほど入っていて 疲れた身体に汁が染み入り、陽の当たる外の席でしばし太宰が眺めた景色に見入ったのでありました。