「今度の土曜日、長野へ行くんですよ」
と、話かけてきた。
「え~いいね~、サクラはもう・・・」
と言いかけて気づいた。
「聖火の応援か?」
「そうです。1000人以上行きますよ、
バス、チャーターして・・・」
「ヨコハマから?」
「いいえ、東京に集まって」
「すごいね。」
「チベットの人も来るかな~?」
「そりゃあ、来るだろう。騒ぎを起こすなよ!
牛に引かれて善光寺参りって知ってるか?」
「知らない」
それ以上は、どうせ話が噛み合わないので言わなかったが
大事にならなきゃいい。
「牛に引かれて善光寺参り」
昔、信濃の国、小諸の在に強欲な婆さんがいて、
布を干していたところに、牛が通りかかり角に布をひっかけて逃げた。
婆さんが追いかけていくと善光寺に行き着き、牛は観音様の化身で
婆さんも今まで心の奥に眠っていた仏心が眼を開き、改心したという。
”思いがけないことが縁で、自身の発意ではなく
他のことで誘われて、偶然良い方向に導かれることをいう”
(日本国語大辞典)
その善光寺に、スタート地点になることを断られたんじゃ
とても、良い方向行くとは思えないな~。