気付けばしばらくブログ投稿してなかった~

オババカぶりはパワーアップ
というかヒートアップしているよ
楽しい毎日です

甥っ子という宝物が二人に増えて、私は人生とか生き方とか人間とかについてすごく考えたり思ったり閃いたりして
色んなことがいままでと変わってきてる。
これからもどんどん変わっていくんだろうな


SHOGOとユウトの二人をみていて思うことは
二人とも大切!!!!!
ってこと
どっちも同じくらい可愛くて愛しくて大事!!!!!
そして、信じている。

大袈裟かもしれないけど絶大なる信頼感みたいなものがあって、これは私が叔母の立場ならではの気持ちなのかもしれないと思うんだけど
愛している気持ちとさらに深い気持ちが混合してて
言葉にすると『信じているよ!』って感じなんですよね。
しかも裏切られてもいいというか、
期待がない信頼。

なんだろ
結局これが愛なのかしら♡
どうでもいっか
愛には色んな形があるからね

幼い頃は私
なんで妹ばっかり可愛がられて
妹の方が大事にされてる
私のこともみてよ
私だって…
みたいな長女特有の捻れた感情にまみれてて(それが私の歪んだrootsなんだけど笑)すごく苦しく悲しい思いをしてた気がする



タイムスリップして幼い卑屈な私を抱き締めて教えてあげたい
それは勘違いで、私はしっかり愛されている。

確信はないけどうちの母ちゃんみてたら絶対的にそんな気がする


SHOGOもユウトもどっちも大好きだからね




二人にもそう伝えていこう~


SHOGOが、私のことを「ねえねぇ」と呼ぶようになりました。

いきなり始まった出来事でした
これから何年間…何ヵ月・何日間の期間
SHOGOは私のことを「ねえねぇ」と呼ぶのでしょう


不思議だねーーーーーー


いつもSHOGOが何かひとつ出来るようになるたびに思う
ほんと不思議でほんと素敵

彼の中で『私』という生き物と『ねえねぇ』がイコールでつながって、『ねえねぇ』という言葉を発するようになった。
そしてそれは日常になってゆく

なんて素敵なことでしょう

うちの母ちゃんが
楽しそうに遊ぶSHOGOをみて「幸せやね」
と言いました

涙がでそうになりました


プレゼントしたおもちゃを握って眠る姿
天使にしかみえない!!!!!


こんなに大切な宝物を産んでくれた妹夫婦に心から感謝しています


二人に増えた甥っ子くん達
それぞれ日々
育ってるーーーーーー

いやーーーーー、育ちますね、
ほんと。

感心してブログも書けないくらい
毎日楽しいです

まだ自分の体重さえ支えることの出来ない
細くて小さな足

どれだけみていても飽きない
全身が耳たぶのような感触


お花みたいな足



元気で楽しく生きてね!!!!!


ユウトの産声に歓声をあげていたとき
ふとSHOGOをみると、しーーーーんとしていた。

何考えてたんだろ

そして思い出した
そういえば私「お姉ちゃんなんだからしっかりしなさーい!!!!!」と言われ育ち
いつもいつも、なんでお姉ちゃんだからってしっかりしてないといけないのーーーなんて理不尽なのーーーその理由はなんなのっっっと涙をこらえ(たまには大粒の涙をこぼし)歯をくいしばっていたなぁ~

もしSHOGOが誰かに「お兄ちゃんなんだからしっかりしなさーい!!!!!」と言われたとして
彼にその理由はなぜかと問われたとき
その時私は何て答えるだろうかと考えてみた

私も
私が言って聞かされてきたように
なんででも!
お兄ちゃんだから!!
仕方ないでしょーがっ!!!
と答えるのだろうか???

なんか
そんな答え方はしたくないなぁー
うん、例え言い方を変えたとしても言いたくないなそれは。
だって
納得するふりしてたけど全然腑に落ちなかったもん

お姉ちゃんだからお兄ちゃんだからって損したこともあるかもしれないけど実は得してることもいっぱいあるし
それは妹や弟も同じなわけで
損得の問題ではないんだけど

やっぱり
お兄ちゃんお姉ちゃんだからってしっかりしなきゃな理由って…
あるのかな?
(そもそもしっかりするって何~)

私の中では、ないな。

だから私はSHOGOに
お兄ちゃんでしょ的なことは言わないでいよう~

SHOGOの人生を自由に創造してくれたらいいな



君のゆく道は~♪
はてしーなくー遠い~♪

公園を走る後ろ姿にときめいたぜー
甥っ子くんが増えました


産まれて5時間経過…

ユウトくん

もぞもぞ動いて泣いて寝ています



心がささくれだっている感じです
とても卑屈になっているいま、そんな中でちょっと自分を取り戻している。

もともと私は大した人間じゃなくて
腹黒くて意地悪で常に周りの目を気にしていて
「ヨソはヨソ、ウチはウチ。」
という呪文をひたすらかけられていたにも関わらずただただ友達が羨ましくてとにかく常に不満しかなかった

そんな私なのに
なんか、善人ぶっていたみたい。


毒気づいた言葉が次々と浮かび上がってくるんだけどそういえば私はこんなもんだった
言いたいことは言ってしまおう全部全部全部
明日世界が終わるかもしれないからではなくて明日誰かがいなくなるかもしれないしそれは私かもしれないんだからもうお互い様ってことで
だからこそ大事にできることの方が、きっと強い。


ありのままの自分とか本当の自分とか
そんなのいない


親友のツルツルの
新しい桃のようなおでこを触りながら、この人が幸せでありますようにと心から思った



そう思えたことで救われた気がした


おめでとう!!!!!
と言うのが実は必死で、腹の中では
帰りたいと思ってしまっている私は
もう、だめだ。

バイバーイ
って、言う、本当にもうバイバイってゆー意味なんだけど、
色んな意味を探ってしまう
私はもうだめだ。

大丈夫
と自分を特別扱いして乗り越えてきた数々の出来事や積み重ねてきた日々が
全部全部リセットできたとしても、私は私でしかないのだから、やっぱり私はもうだめだ。

なんかもうだめで、苦しくて仕方ないのだけど、人生はきっと、素晴らしいはずだ。

こんなもんだ


上手に走れるようになったね

私の大嫌いな人が、幸せでありますように。


大好きな友人の病気が再発した

検査の結果報告をしてくれたその電話の声は震えていて
それを聞く私の返事も震えていて
お互い言葉を探すような変な沈黙の後
「受け入れられないけど、この病気と付き合っていくしかないから、また頑張ってみる。」
と彼女が言った
「また明るく会えるのを楽しみにしてる」
とも言っていた
「あなたも体を大事にして頑張ってね」
とも言ったような気がする

とにかく私の心がもやもやしてザワザワして、真っ白になった頭を無理矢理フル回転させて言葉を探している間に電話はきれた。

「あなたにももう会えないかもしれない」と振りきるように放った言葉が耳に残った

彼女と出会ってまだ半年ほどだけど、彼女は私に生きてきた今までのことをたくさんたくさん話した。
強く丁寧に生きている彼女のストーリーを思って必死で涙をとめた

二度と会えないかもしれないならああすればよかったこうすればよかったもっともっと何かすることがあった何かできたかもしれなかったのに何もできなかったししなかったダサいな、私。

ていうかそもそも
私にできることなど何もない

いやいやちょっと待ってごめん
その前にまだまだ

いま彼女と私は生きている

彼女からの電話で
私の中で何かのスイッチが入った気がした
私だって、また明るく会えるのを楽しみにしてる。

必ず明るく会う

明るく、会う。
二人とも
明るく
会う


久しぶりに行った三苫の海は相変わらずパワーをくれたよ


職場の仲良しの子が、
「ツラい“試練”みたいなことってそれを乗り越えられる人に与えられるみたいなこと言うけどそんなのツラい真っ最中に言われたらどんなに仲がいい友達でも殴ってやりたくなるよね」
って笑って言いました。

すごくツラい想いを乗り越えたことがあって
きっと人の気持ちを大切に大切にできる子なんだなーって思った

その子はとても優しくて思いやりがあっていつもたくさん助けてもらっているのだけど、
優しさや思いやりってお金では買えない素晴らしい財産だなと最近しみじみ思う。

そして優しさも思いやりも“試練”みたいなのの真っ最中や
乗り越えたその先の副産物として手に入れられるものでもある気がするんだよ

優しさや思いやりがある人とない人の違いって、私が思うに
相手の立場に立って物事を考える事ができるかできないか…
それは
落ち込んで、優しさが必要なときに、人から優しくしてもらえて、そのことに感謝した、という経験があるかないかで大きく違うのかも。

優しさや温もりを知っているか知らないか
ツラいときどんな『思いやり』に自分は救われたか

つまり、てかたぶん、本当の、心からのツラさや悲しさを知っていて乗り越えた経験がある人
そーゆうひとは、間違いなく優しくて強い。
(だけどそのツラいとか悲しいとかの感じる度合いなんかも人それぞれだからツラさ悲しさに大小なんてないんだけどさ)

よって
やはり
ツラい“試練”みたいなことは
必要ではないが
無駄ではない
(しかしそれが乗り越えられる人のみに与えられるとは言いきれない)

一秒でも速く忘れたいことも
ずぅっと忘れたくない大切なこともいつか
いやでも思い出になるから
優しさや思いやりは忘れてしまわないようにちゃんと身につけていたい

そう考えてみたら、少しくらいしんどい時期があったって多少平気になれる気がするね。

もっとも優しさって魅力でもサービスでもなく自然と滲み出るというか溢れ出すようなもので
ほんとにわかりづらいし得なことなんてないかもしれないけど
いい人じゃなくて優しい人っていいよね

私のパンに黒ゴマクリームを塗ってくれる…



これは優しさ???
というより好奇心???


落ちた時のブログ更新もなかなかいいね


今日もSHOGOは、可愛くて、愛しくて、元気。

落ち込んでいる真っ最中は苦しくて消えたい気持ちしかないけどそれはそれでものすごいエネルギーよね
死ぬかと思ったけど、生きてる。

いままで味わったことのない絶望感だったけど
あの絶望感もたぶん無駄ではない
もはや絶望ではなかったのかも

だって
鳥居に投げた石が
見事に乗ったから

投げた石は
きっと希望です
乗った瞬間「ヤッターーー!!!!!」と叫んだ

落ち込んでいる最中だったら
石を投げようとも拾おうとも見つけようともしなかったし探すことさえもしなかったし…
(これ始まったらエンドレスのやつ)

結果
私って、運がいいんです。
いいんです、運が。
さぁ今日もSHOGOと遊ぼう


さくら!!!!!!!!!!
春!!!!!!!!!!!!!!!