五千人 ep13 1/4 『進展』
夜中の11時過ぎ。
首相官邸に呼び出された藤崎颯太は、部屋の中央に立ち尽くしていた。
「つまり、軍備の建て直しをしろと」
大きな机を前にして座る山本に、拍子抜けした声で問いかけた。
「いや、増強だ」
総理大臣の山本は当然のように言った。
「海自、空自を特に」
自衛隊の軍備増強…!?
あの男が言っていたのはこのことか!
「就任早々で悪いんだが、本当はもう少し早くお願いしようと思っていたんだ。
しかし、何しろ事情が込み入ってた」
軍備増強だなんて、日本は何を警戒しているんだ
「それと、
新しくミサイル迎撃兵器を導入する。
とりあえず日本海沿岸、奥羽山脈に数十ヶ所配備してください」
ミサイル迎撃?
それも一度に数十ヶ所の配備を決定するなんて。
「一体何のために……」
そう言った途端、
山本の視線が冷ややかになった気がした。
言われた通りにしろ。
余計なことはするな。
そういう意味合いの言葉が情景とともに脳裏に浮かび上がり、
はっとした。
「予算は確保できている。
早急に頼んだぞ」
*
パソコン画面を前にした松平は、自分の膝が笑っているのに気付いた。
‘タダ ケイゾウ’という名義の銀行口座の照会データが画面に映し出されていた。
「こ、これって……」
ハルトモセイヤクから一千万円の入金がされた直後に、
浜中静子の口座へ一千万円を送金した記録があった。
「今テレビで報道されまくってる真田総務大臣闇献金問題のことじゃないですか」
後ろから画面を睨み付ける詩織を振り返った。
熊男から渡されたSDカード。
どうやらとんでもないものをもらってしまったようだ。
「なんでテロリストが、こんな情報を松平に渡すんだ?」
無言の詩織に代わって、
松平の座る椅子の隣に立つ大友が一番の疑問を口にした。
「私たちをどんどん政治の裏へ巻き込んでいきたいのかしらね」
なんか、現実逃避したくなってきた。
松平はもう一つのファイルを開いた。
「こっちは曲の一覧ですね。歌手名もあるし」
それは様々なジャンルや年代で構成された曲のリスト。
「ひょっとしてMP3じゃないかな。ダウンロードの日付とか再生回数も曲ごとに表示されてますよ」
「なんだ、ソレ」
「音楽データを専用の端末に入れて曲を楽しむものです。
最新のウォークマンですよ」
それにしても、
闇献金と何の関係があるんだ。
「ほぉ。じゃあこれは収録されてる曲目。
また何かの暗号か」
大友は自分のデスクに戻ると、
コーヒーをすすった。
「何曲くらい入ってるの」
美しく、鋭い目が背後から突き刺さった。
「もしこれでMP3の容量がいっぱいに近い状態の場合、考えられるMP3のメーカーと商品をいくつか割り出せるかしら」
「曲の長さにもよりますけど、これだったら比較的小さいタイプですね。
クリップ型のやつとか」
詩織は細い腕を組んだまま、顔を上げた。
「大友さん、ちょっと頼みがあるんだけど」
「おう、なんだ」
吉田係長が大友さんに頼みごとするなんて……
珍しい。
*
車を降りた藤崎は、深く長いため息を吐いた。
極度の緊張のせいか、
身体中に疲労感がどっとでていた。
深夜の空気は、
少し冷たさを伴っている。
もう秋だな。
築25年の一軒家へ通じる門扉を開き、
ジャケットから鍵を取り出そうと内ポケットへ手を入れた。
最初に指先に触れたのは、携帯電話。
突然現れた謎の男から差し出され、
そこに入れていたのを忘れていた。
あの男はなぜ知っていたんだ。
気付いた時には、携帯電話の発信ボタンを押していた。
『もしもし』
すぐに相手の声が受話口から聞こえてきた。
切るに切れない。
『お電話、お待ちしておりました』
あの男の声だ。
「お…、お前は一体何なんだ」
『最高位派閥…。
真ん中にかなり年配の老人がいたでしょう。
その右隣に村越がいたはずです』
なぜそこまで知っているんだ。
『左隣には誰が座っていたか覚えていらっしゃいますか』
「確か、外務大臣の中橋さんですが
それがなにか」
しばらく無言があった。
『お約束通り、力を差し上げましょう。
きっとお役立ちいただけますよ。それでは』
「ちょっと!待て…」
男は機嫌良さそうな声に変わると、
一方的に電話を終わらせてきた。
本当は、どうしたらいいのか聞きたかった。
ふと、藤崎はそんな考えを抱いているのに気付き、
振り払うかのように慌てて玄関の扉を開けた。
五千人 ep12 4/4 「告発」
「9時になりました。
今日のニュースです」
女性アナウンサーのシリアスな表情や声色から、
悪いニュースだということが予想できた。
「今日夕方、真田総務大臣を闇献金問題で秘書が告発し、
地検特捜部は同日、強制捜査に踏み切りました」
映像は切り替わり、
とある民家の玄関前を映し出していた。
無表情のスーツ姿の男たちが次々に玄関から家の中へと流れ込んでいる。
「段ボールの束を持った地検特捜部の捜査員たちが、続々と真田氏の事務所へと入っていきます」
男性リポーターの声は少しばかり興奮しているように感じられる。
「真田は春友製薬から、裏金を受け取っていました」
さらに切り替わった映像は記者会見場。
首元から下しか写されていないが、声からして女性だということは明らかだった。
「私は自分の口座に毎月一千万円ずつ振込まれた春友製薬からの金を、
真田の指示で名義人の名前しか知らない口座へ送金していました」
しっかりとした秘書の声がそこで途切れると、
