一昨日、思い出した
『それでも夜は明ける』の上映日時
本日11日が最終日だったので、行ってきた
以前お話したが、この映画は差別問題の実話
黒人奴隷から生還した男性の話
正直、初めてポスターを観た時は、ブラッド・ピットが出てるら観なくちゃ!と思っていた
進富座さんの奥さんにそう言って、面白いですか?と聞いたら、面白いというより辛いですよ、と言われた
よく読んでみると、奴隷の話で、アカデミー賞受賞作品だった
『オーストラリア』、『ソウルガールズ』という作品に出会った事もそうだけど、最近色々な黒人問題について知らされる出来事が多いなと思う
差別問題は世界中、現代でも続いている
小さな問題から大きな問題まで、差別されている本人たちにとって、大きい小さいは関係ないだろうが…
『それでも夜は明ける』
冒頭で黒人が数人並んで仕事の説明を受ける
このように書くと、いたって普通のようだけど、黒人たちがこの仕事場に来た理由や経緯がとんでもない
主人公に絞って言うと、知人に騙されて売人に売られて働かされるために白人に買われた
驚いた
黒人だから奴隷なんだという事をリアルに知らなかった
黒人だから、の意味を深く考えなかった
何をしてもいい、何をさせてもいい、どのようになってもいい、どのようにしてもいい
これは奴隷とはそういうもので、黒人がそうであるという事とはつながっていなかった
誘拐してまで黒人を売るという行為をしてもいい時代があったのも知らなかった
劇中、時間の感覚が無い
1年経てばとか短い時間の描写はあるものの、実際どれくらいの時間が経っているのか全くわからない
主人公が誘拐される前、主人公の家族を知る事が出来る
奥さん、長男、長女、
奥さんの年齢はちょっとわかりづらいが子供たちの年齢は、だいたいわかる
そう、子供、見た目も少年少女、まだ小学校へ行くか行かないかくらいだと感じた
はっきりした時間の描写がないまま主人公は奴隷の日々を送る
結局無事に帰り、懐かしい我が家の扉を開けたその向こうに家族が並んでいる
少年少女が立派な青年と母親になって、孫までいる
愕然とした
どれだけの時間が経っていたのか、ガンっと頭を殴られたようだった
家族と離ればなれ、しかも奴隷として過ごしていた時間
それまでの描写が甦った
映画の内容とは関係ないかもしれないが、私にはとても印象的だった
この主人公の過ごした時間と私が生きている時間自体は何も変らない
最後の再会のシーンで受けた衝撃は、12年という月日は12年であって、それ以上でも以下でもないのに、こんなに重くて忘れられないけど忘れたい12年だという時間は、全く想像もつかない時間なんだと再認識させてくれた
改めて、人間ほど残酷な事の出来る生き物はいないと思った
生きていくためではなく、ただ欲望などくだらないもののために非人道的になれる怖さや弱さを、世界中の全ての人間が予め持っている事を知っているのと知らないのとでは、大きな差があると思う
そして、知らないでいる事の恐ろしさは、想像をはるかに超えた、人間の残酷で一番汚い部分である事は間違いない
黒人であれなんであれ、差別する事自体を肯定する事は、まさに非人道的
小さな差別も大きな差別もない、人間なら人間らしく生きていこうと思った
追記
以前、観に行った『ソウルガールズ』
彼女たちの人生にも、非人道的手段によって壊された時間がある
つくづく、今の社会に生きている事、ここに生きている事に感謝する
そしてそれは、私が生きていく時間の中で、何かのカタチにして答えていかなければならないのだとも思う
さて、次回は、『野のなななのか』を旦那さんと観に行く予定~