宵輝

宵輝

退屈はもう限界です

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 話の内容を聞いた俺は、目の前に居るこいつが信じられなかった。

日本軍が上陸した事を確認し、とりあえず俺とそいつは日本軍が未だ辿り着いていない森の奥へと逃げた。

その深い森の奥には、ナルタヤと呼ばれる種族が居る。

ナルタヤの人間達は危害を与えなければ快く迎えてくれる包容力のある種族だ。彼らの採る薬草や珍しい珍物は俺達に輸入される。その代わりに俺達は敵からナルタヤを守るという条件だった。

 しかしながら、今の状態では俺達がナルタヤを守る術はもう無い。

俺達の街は既に崩壊しており、もうナルタヤを守るどころではないのだ。

そんな俺達が、今ナルタヤへ向かっている。

 彼らは‥俺達を受け入れてくれるだろうか‥。

しかも‥日本人付きで、だ。

「もっと速く」

大きな不安と、小さな願いを持ちながら、俺とそいつは森の中を脱兎の如く駆ける。逃げているのは勿論日本人からだ。

脱兎‥それは、弱者の意味も持つ。

弱い俺達の逃げる姿を、日本人はどのような気持ちで見ているのだろう。

「‥‥っ」

 頬に枝先が掠った。そのお陰で、俺は我に返ることが出来た。

 一体俺は何を考えていたのだろう。まるで逃げ腰の考えだ。

自分が脱兎だ、と、そう先ほど考えたのを思い出し、走りながら苦笑が漏れた。

――すぐ死ぬだろうな、俺は。

弱音を吐いてはいけない。考えてはいけない。

 そう‥教えてもらったではないか。

「‥‥レイン」



「ジュニア!逃げろ!」


「レイン!!」



「‥‥‥」

 数時間前の出来事が、随分昔の事に思える。それ程俺は必死に今を生きている証拠だ。

捨て子の俺を拾い、育ててくれたレイン。

家族なんてものが無かった俺にとって、唯一の家族といえる人がレインだった。

 走りながら、唇を強く噛み締める。


「‥レイン‥ッ」


そうしていないと‥‥泣いてしまいそうだったから。









深い霧が立ち込める森の奥。

じめじめとした気候と、ぬかるんだ地面。

そして何より。

「‥さて、一体どっちなんだ」

方向感覚が狂わされるのが、ここジュヤの森。

ジュヤの森の中に居るナルタヤに会うには、いつもナルタヤの住人が案内人として森の入り口に立ってくれていた。

しかし、今は案内人など居るはずも無い。

森に入った俺達は、すぐさま迷ってしまった。

辺りを見渡しても同じように不気味な木々が立ち並ぶばかり。

目印も何も無いこの森は、案内人が居なければ恐怖の森といえるものだった。

 ぐるりと見渡して、少しでも何か無いかと探す。

「‥ねえ」

そんな俺に、後ろをついてきたそいつが声をかけた。

「ん」

「大丈夫なの‥」

「‥たぶん、な」

俺の言葉を聞き、激しく落ち込むそいつ。俺だってこんな面倒な森に入りたくなんて無かった。けれど、身を隠すのにこのジュヤの森はうってつけなのは確かだ。もしかしたら誰か他の奴等もここに隠れているかもしれない。

「黙ってついて来い」

そいつにチラリと視線を向け、俺は北か南かも分からずに歩き始めた。






「‥‥ダメだ」

あれから約三十分程歩き続けたわけだが。

「‥疲れた‥」

一向にナルタヤの人間は見当たらず、同じような場所に俺達は辿り着いていた。ナルタヤの人間はどうやってこの森から出入りしているのだろう。

後ろをついてきていたそいつは、完全に疲れていて言葉も発しなくなった。

「大丈夫か」

「‥‥ん」

一言、そう呟いたそいつは地面にゆっくりと腰を下ろし始めた。本当ならば休んでいる場合ではないのだが、俺は何も言わなかった。

地面に座ろうとしたそいつは、地面がぬかるんで湿っている事に気づき、辺りにあった石の上に座った。

やっぱり、こいつは‥戦争なんて知らない人間‥なのかもしれない。

疲れて頭を垂れているそいつを見つめながら、俺はそう心の中で呟いた。

もし、俺‥いや、今戦争の中に居る人間なら、地面が湿っていようが関係なく座るはずだ。しかし、そいつはしなかった。まあ、石があったのにわざわざ濡れる必要も無いが。

やはり‥あの丘で聞いた話は、本当のように俺は思えてきた。



「僕は、日本人で‥。僕が住んでいた日本はとても豊かで、経済がとても進んでいて‥。‥百年程前に日本は戦争放棄をして‥」

「‥ちょっと待て」

「‥‥何」

「それは‥何時の話だ」

「何時って‥僕が生きてた時代だけど」

「‥お前が生きてた今、この時代は何年だ?」

「2050年‥」

「はあ!?」

「え‥は?」

「今は2500年だぞ?日本が戦争放棄したのはもうずっと前の話だ」

「2500年!?そんな‥、ありえない!僕は今日、家に帰ってきてパソコンをつけて、そしたらこんな場所に来てっ‥それでっ‥」

「まぁ、落ち着け」

「落ち着いてなんかいられな‥」

「‥落ち着け」

「‥‥」

「‥今、今の俺の住んでいる2500年の日本を話す。これは嘘なんかじゃない」

「‥‥」

「日本は、約20年前世界経済の中でトップになった。ありとあらゆることを成し遂げ、日本に不足なものはなかった。俺達他国は、日本の経済に憧れ、そして、平和に憧れた。」

「しかし、2年前、日本は宣戦布告も無しで、アメリカに戦争を挑んだんだ」

「そんなっ‥。アメリカは世界でもトップの軍事力を‥」

「ああ、持ってた。しかし、そのアメリカも‥‥今の日本にあっさり負けた」

「‥っ」

「経済成長を遂げた日本。けれどもその裏では世界の覇者になるために独自の戦闘力を蓄えてきていたんだ。‥‥俺の聞いた話だと、人間強化。有能ロボット。殺傷力の優れた武器。‥まぁ、そのくらいだ」

「‥‥」

「お前の話は‥まだ信じられない。‥まぁ、とにかく今はここから逃げる事が先決だ。‥ほら、行くぞ」

「行くって‥‥」

「まだ日本人がたどりついてない場所だ」




「‥‥‥」

あの話が本当なら、今目の前で休んでいるそいつは過去から来たことになる。

そんなことありえない。


けれど‥‥





その時だった


 蒼く何処までも果てしなく続いている海には、それに似合わない厳つい軍艦が何艘も浮かんでいた。

丘に出た僕は、ただそれを見つめるしかない。

―‥日本軍の?そんなっ‥。日本は戦争放棄をして平和な国のはずっ‥それなのに何故‥。

僕の隣に立って、軍艦を見つめている男の言葉を僕は信じられなかった。むしろ、その男よりも日本という国を信じていた。

「嘘でしょ」

「はっ!?」

疑うような目ではない。僕が真実を言っているという視線を彼に送りながら僕はそう呟いた。海風が僕らの髪を靡かせる。

それを手で払いのけ、僕は再度同じ言葉を繰り返し口にした。

「嘘なんでしょ」

「嘘なわけ無‥」

「嘘だっ!!」

「‥っ!」

「‥‥あ」

気づいたら僕は彼に向かって大声で叫んでいた。

だって、信じられない。日本が戦争をしてるなんて‥全く聞いた事がなかった。日本は‥あんな悲劇をもう二度と繰り返さないと‥誓ったじゃないか。

 拳を握り締め唇を噛み締める僕に、目の前の彼はどうすればいいのか分からず困っている様子だった。

「おい‥どうした‥?」

「‥‥」

それからも彼は僕が話そうとするのを待っていてくれたけれど、僕は自分から話が出来なかった。もし、日本が戦争を本当にしていると‥彼の口から聞かされると、僕はもうどうしていいか分からなくなるから。

けれども僕のそんな甘い考えはすぐに消え去って。

「‥ちっ。だんまりかよっ‥、日本人ってのはホント無口なんだなっ‥人を殺すのも何の躊躇いもなく出来るしよっ!」

「‥‥ッ!」

人を殺す事を‥躊躇いもなく殺せる‥‥


日本人‥‥


「そんなっ‥」

「実際そうだろうがっ。‥武器を持たない村人まで抹殺。命乞いする奴も殺すっ‥‥あいつ等は‥いや、お前等日本人は‥非情だ‥っ」

 何かが僕の胸を貫通したかのように思えた。

「‥な、何かの間違いだろうっ!?日本人が戦争なんてするはずないっ!!」

「じゃあアレはどこの国だっていうんだっ!?日の丸掲げてんのが日本以外どこの国にあるんだよっ!」

血相を変えて軍艦を指差した彼の方向には、日の丸を高だかと上げて軍艦から降りていく‥日本人の姿が見えた。

あぁ‥‥あれはもう‥‥日本人以外の何者でもない‥。

丘の上から見える兵士はもう日本人に違いなかった。武器の音を鳴らし、砂浜を走っていく彼らはまるで人形のように無表情であんな顔が人間に出来るのかと思ったほどだ。

冷たく‥何も映さない表情。

今なら、彼の言った事が理解出来た。

「‥‥あれは‥確かに、日本人、だ」

「‥‥」

「‥けれど、‥僕らは‥戦争なんて‥する国じゃなかった。‥戦争は、何も与えてくれない。ただ、壊すだけだ。建物も草木も‥人の命も。‥‥だから、僕らは誓った。‥もう、二度と戦争はしない、と。‥‥けれどっ‥どうしてっ‥!」

悔しくて悔しくて、僕は地面を拳で殴った。

地面は固くて、僕の手は皮膚が擦れて血が出始めたけれど、そんなのはどうだってよかった。こんな痛み‥殺された人達に比べればどうってことない。

「どうしてっ‥どうしてっ!」

叩きつける拳にポタポタと雫が落ちる。ついでに視界が霞んで、僕は左手で目を拭った。

「‥どうしてっ‥!何でっ‥!」

「‥やめろ‥っ」

「戦争はっ‥しないってっ‥約束なのにっ!」

「やめろっ!」

高く振り上げた拳は、僕の意思とは反対にゆっくりと下に下ろされた。何か温かいものに包まれている右手はとても心地よくて逆に涙が流れた。


「っ‥ど、してっ‥」



僕が死ぬことは、どうだっていい。

死にたいと思った奴は死ねばいい。

けれど‥



『生きたい』と願っている人を殺すことは、死なせることは



絶対に 許せない



正義を語るわけではない、偽善者でもない


ただ‥自分が嫌な思いをしない為に‥


僕が‥悲しい思いをしない為に‥



広島、長崎に原爆が落ち日本が終戦してからおよそ100年

今の現代人が戦争の事を語るのは出来ない。何故なら、戦争に行った人達はもう亡くなって少なくなってきているから。


僕にも、戦争の痛みや苦しみは分からない


けれど‥‥


戦争をやってはいけないという事だけは‥分かっている



――‥生き‥‥た、い‥



「‥っ」

脳内に聞こえた懐かしく、それでいて思い出したくない声で僕は表情をゆがめた。

「‥大丈夫か?」

そんな僕に、彼は優しくそう言ってくれて僕は小さく頷く。

「‥お前、本当に日本人か?」

握った手をゆっくりと放し、彼は僕の頭をぽんぽんと軽く叩いてそう尋ねてきた。

「‥僕は、日本人だ。‥けれど、‥あんな日本‥知らない」

「‥詳しく、話せ」

「‥‥」

優しくそう呟く彼はまるで先ほどの人物とは違っていて、僕は彼を凝視してしまった。

「な、何だよ‥」

僕が見つめていたことに彼は顔を少しだけ赤らめて恥かしそうに頭を掻く。銀髪の光りを反射する髪が風に靡くととても綺麗で、僕は見惚れてしまった。

「何ボーっとしてんだ」

彼はもう一度頭を撫でてくれた。

「‥お前は日本人だけれど、何だかあいつ等とは違う気がする。‥だから、お前の知ってること、話してみろ。な?」

「‥‥うん」


彼の優しさに、僕は心地よさを感じた。



 そんな時だ。

激しい爆発音と共に山鳥たちがいっせいに羽ばたいた。

「‥何?」

僕は一体何が起こっているのか分からず、もくもくと立ち上った煙に視線を奪われた。あんな爆発音、テロ事件をテレビで見た時にくらいにしか聞かない。一体‥。

僕が呆然とそれを凝視していると、ふいに手をつかまれた。

「っ‥痛‥」

顔を歪めそちらを向くと、先ほどの青年が僕の手を掴んで無理やり引っ張っていた。

「ちっ‥もう近くまで来ていたのか‥っ」

「ねぇ、一体‥」

「仕方ない‥お前、早く着いて来い!」

「ちょっ‥」

無理やり手を引っ張る彼はもう僕の話しなど聞いておらず、そのまま僕を連れて駆け出した。何かに追われるように、後ろを振り返りながら。

 叢(くさむら)の中をずんずんと進んでいく。

途中、障害があっても、手を引っ張りながら前を走る彼には何の妨げにもならずそのまま突っ切っていく。

反対に僕はというと、アウトドア派でも無いし、どちらかというとインドア派なので草に触れたり木の枝に引っかかったりするだけで足を止めた。けれど彼が手を引っ張るからすぐに走らされる。

――何でこんなに‥

 今思えば、何故こんなに走らなければならないのかが分からない。

それに、気になることが多々思いつく。

僕は走りながらその疑問を自分なりに解決しようと脳内で考えた。

 まず一つ目。

何故、彼は逃げているのだろうか。

彼の今までの言動を探ると、「敵」だとか「軍兵」とかそういうのが耳に聞こえてきた。ということはもしかしたら僕ら(彼だけだが)は彼にとっての敵に追いかけられているのかもしれない。そう考えると何故僕らが走っているのかは納得できる。「敵」というのが何か‥ということについてはまだ不明だが。

そしてもう一つ。

 何故‥彼は僕に日本人か、と聞いてきたのか‥

今の時代、外見を見れば何となく日本人だと分かるだろう。

けれど、先ほどの彼の反応は尋常ではなかった。

まるで‥‥日本人を恐れているかのように―‥

「‥何でこうなったんだろ‥」

息が上がり足がふらつきながらも僕は必死に彼の後を追いかけた。


そして‥僕らが行き着いた場所は―‥


「‥な‥に‥あれ」

「‥‥日本軍艦だ」


日本軍艦が恐ろしく浮いている‥海だった。