昨日、一昨日くらいにネットで「草食男子」関連の話題が盛り上がっていました。

なぜ「草食化」したのかっていう要因について、「草食男子」という定義が生まれてから10年くらいでしょうか、これまでいくつもの考察が個人だけでなく専門家によってもなされ、それぞれに意見表明しています。

しかし、現段階でも「これが原因だ」という誰しもが納得する答えがないだけに、それまでも「草食男子」という潜在概念は存在し、複雑化する社会に存在を容認されたと結論付けるしかないのかなと感じています。

ただ個人的にこれだけは書いておきたいとの思いがあるのも事実です。

僕が思うに「草食男子」の対極となる「肉食男子」は社会的にコンテンツとして消費されたんじゃないかと思っています。消費っていうのは、文字通り消耗してしまったことです。

僕が中学生か高校生くらいの頃ですかね。当時は今みたいに「テレビ離れ」している人が少なく、友達間での話題の中心はテレビ番組で構成されていました。と同時に、普段の遊びの中にもテレビ番組を模倣したようなものを取り入れて遊んでいました。

このころは急速に携帯電話が普及した頃でもありました。

中学生の頃は携帯を所有している人は羨ましがられていましたが、高校生になると1人1台の携帯が当たり前という状態なっていた時代です。

その頃流行っていたテレビ番組、学校で面白がっていた番組にロンドンハーツがありました。特にロンブーの出っ歯の方がターゲット(主に芸能人)に対し浮気するかをメールで検証する「ブラックメール」という企画が人気でした。

企画の進め方は、ターゲットに偶然に見せかけメールを送り、女性になりすました出っ歯とターゲットがメールでやりとり、いい雰囲気になったところで仕掛け人の女性とデートです。最後に仕掛け人女性の部屋に連れ込み、そこで仕掛け人女性と同じ格好をした本物の彼女を登場させて、これまでの悪行が裁かれるという流れです。

企画の製作者側の趣旨としては「浮気を裁く」というものだと思いますが、視聴者としてはガツガツした男をバカだなぁと笑うものであり、要は「肉食男子」を面白がってコンテンツとして消費するわけです。

テレビ番組で「肉食男子」を面白がるということは、「肉食男子」の性質は社会から笑われるということです。

みんなに笑われるなんて芸人でもない限り歓迎すべきことではなく、つまり「肉食男子」的な性質は歓迎すべきものではないという土壌が出来上がってしまい、その土壌で育つ人は必然的に「肉食」的な性質を育まずに育つわけです。

というのが僕の実感としてあるのですが、この要因について書かれたものを見かけたことがなかったので書いておきます。

ここからは蛇足です。

恋愛の必要性って結婚に結びつけるための通過儀礼みたいなもんじゃないですか。恋愛をクリアして結婚するくらい人として成長したみたいな。職場でも「結婚してからが一人前」みたいなこと言う人が今でもいますし。
それって恋愛を続けるってのがいかに難しいかってことで、実はみんな分かってるんです。

難しいって分かっていながらも恋愛は大事だ結婚は大事だって言うじゃないですか。圧力をかけるじゃないですか。

コンビニ人間や星野源が出てたドラマで契約結婚みたいなことやってましたが、この圧力からの解放のために恋愛をすっ飛ばした結婚ってこれからも続くと思うんです。

お見合いや家族間の繋がりで結婚が決まっていた時代から解放された人々は恋愛結婚という自由を手に入れました。

やがて世の中の常識となった恋愛結婚は人々への圧力として襲い掛かります。

「草食男子」や「契約結婚」。それらは人々を恋愛結婚からという束縛から解放し自由へ向かっている証なんじゃないかと思います。