初詣は、海士町の守人、後鳥羽上皇が奉られている隠岐神社でした。

われこそは
新島守よ
隠岐の海の
あらき波かぜ
心してふけ

後鳥羽上皇


の歌にあるように、隠岐の冬は厳しいのですが、海に向かって凛と立っている後鳥羽上皇の佇まいが目に浮かびます。だから後鳥羽上皇は海士人の神様です。

海士町生活&社会人生活をはじめて、社会の成り立ちを沢山学ばせてもらいました。学ぶだけでは、雇われ人として、失格なことにも気が付けて、自分の甘さ、未熟さに悔しみを感じるこの頃です。
全国からこの海士町に人が集まり、沢山の人が目の前を通り過ぎていく中で、何も出来ないもどかしさを感じます。また、このたった2400人にも満たない島でも、皆が分かり合えることは希望の様なものだって、見せつけられているようで哀しさも感じます。
仕事も、本当にこのやり方がいいのか?って想うけど、誰かが答えを持ってるわけじゃなくて、自分自身でどうしたらいいのか、答えを導いていくことの厳しさと面白さを感じます。
たった一年では、町づくりが出来ないことをよく思い知りました。これまでの営みの全てが、町を形成しているんだって思います。町の躍動感って、島の人々が目の色を爛々とさせて、生活しているかどうかなんだって思います。

ある方が語ってくれた海士の教育の原点はこちら。
「根っこと翼を持った人になってほしい。子供達には海士のことを想いつつも、自由に羽ばたいていく力を持ってほしい。海士でしか生きていけない人ではなく、どこででも生きて行ける力をつけてあげたい。飛び立った着地点があわよくば海士であってくれたら最高だ。だから、私達大人は、子供達が海士を選んでくれるような、魅力的な大人でありたい。」
と語ってくれました。素敵過ぎる!

色色と課題が山積みな海士ですが、(正確にはこの世の中課題が山積み状態だけどそれに気が付けない、もしくは気が付かない振りをしているだけなんだと思う。)子供から大人まで共通言語を沢山持てるのは、とても素晴らしいことだと思う。

私が育った場所では、地域性が見えにくく、とても人づくりが町づくりに繋がるって思えないので、海士で育った大人達が羨ましいです。
自分がどこで誰と生きていくのか、まだ定まっていないですが、私の希望が叶うのなら、町と人が一緒に歩んでいける土地に生きたいと想っています。
今日の晩御飯は、頂いたタマネギとサヤエンドウとトウモロコシでスープを作りました!

水から一緒に煮込んだだけなのに、甘味のある絶品スープが完成☆
美味しかったなぁ^^




地産地消という言葉がありますが、「地域」にも「環境」にも「身体」にもイイものだなぁと実感。

「地域」にイイ理由は、地域の中で経済活動を生み出せるから。こういう離島に来ると一層感じる。海士町の港には、生産者の名前が記載された商品や野菜が売られているのですが、安心安全にも通じています。顔の見える食材というのは、食べた時に、生産者の顔が思い浮かぶので、より一層美味しいんだなぁ。


「環境」にイイ理由は、輸送コストがかからないから。二酸化炭素の排出量が及ぼす地球温暖化が問題になっているけど、地産地消なら、僅かかもしれないが、環境に負荷を与えなくて済む。輸送のかかりすぎるような、そんな大きな社会はいらないって感じる。小さな社会で成立する方法を今後は模索していく時代なのかな。


「身体」にイイ理由は、大地のエネルギーをもらえるから。自分がどこの土を踏みしめて生きているのか?って考えたときに、きれい事でなく生かされているんだなぁって想う。土地からいっぱいエネルギーもらっているんだなぁって想う。


ひとづくり
まちづくり

なんて言葉はあるけれど、意図的に作れるものなんかじゃないと想う。

だって、そこには心というものが必ず存在するから。

ただただ、私がここにいることが好きだと感じる力を大切にしたい。

私が一年間で出来ることなんて、たかが知れてる。
明日は手植えで田植え。

よそ者しか、そんな面倒なことはしないけど、笑われたって、後ろ指さされてたって、一生懸命やろうと想う。


yoikotripさんのブログ-100502_1045~0001.jpg


この町では一生懸命が一番響くと想う。