よはくでーす。

 

 

おげんきですか?

 

 

どんどん暖かくなります。

 

 

みなさん新生活はいかがですか?

 

 

よはくは子供の時から4月~7月ごろまで

 

とくに苦手でした。

 

 

もともと冬生まれで寒い時期が好きで

更に陰気な性格のせいか

暖かくなっていく時期はどうも気持ちがついていかないのです。

 

 

新しい環境がどうしても苦手です。

 

楽しいと思えるまで人よりも時間がかかります。

 

5月病とはうまく名前を付けたな!と思うほどに

5月になると本当に毎日憂鬱でつらくて苦しかったように思います。

 

 

環境の変化が楽しいと思える人は人生がよはくより

確実に豊かで色づいているんだろうなと思っておりました。

 

 

そもそもよはくは、幼少期から

自分の意見を言うのが苦手で、目立つのも苦手で。

自分が×でも大多数が〇なら周りの結果を見て自分も〇に変えるような

「自分の意見がないやつ」でした。

 

 

その性格から勝負事も非常に苦手で。

勝って目立つことも「なんでお前が」って思われたくなくて

勝った相手に嫌われるのも怖くて

いつからか1番を取ったり、何か勝負に対して「勝つ」ということに

恐怖を抱くようになってしまいました。

 

 

でも両親には誇らしく思ってほしくて

愛してくれる両親にすごい子って思ってほしくて

してもいないこと、勝ってもいないことをできたかの様に勝ったかのように

 

嘘をつくようになりました。

 

 

自己嫌悪の日々でした。

 

 

なんでこんな性格になったんだろうとも思いました。

 

思い返すと、母はいつも謙遜していました。

私を外の人がほめても、常に謙遜していました。

それが自分にはつらかったのかもしれません。

「そうなんです!うちの子すごいの」って言ってもらう為だったのかもしれません。

 

でもそれも結局人のせいにしているんです。

 

 

大人になってパートナーといつもの様に何を食べようか話し合っていました。

私はいつもの様に「なんでもいい」と言いました。

 

それは私のなりの最大の相手への気の使い方でした。

「どうでもいい」ではなく「なんでもたべられるよ」という。

実際自分はそのとき何を食べたいのかわかりませんでした。

人に合わせ続けてきた人生なものですから、何を自分が今食べたいかなんて

自分の考える優先順位に入ってすらなかったのです。

 

パートナーは少しムッとして

「本当に君は自分の意見がないな」と言いました。

 

そしてそれが不快だと。

 

 

合わせることが最大の相手への敬意だと信じて疑わなかった自分は

非常に憤りを感じました。

 

しかし私の両親も、よく考えれば外食の際これを食べたいなどと

意見を言う人たちではなく、いつも外食の際は店選びに難航していたのを思い出しました。

 

パートナーは私はこれを食べたい!俺はこれを食べたい!と

冗談を言いながらぶつかり合いたかったらしく。

 

それ以降晩御飯を決めるのが毎回怖くなりました。

どんなに自分の意見を言えと言われても、

わたしはそのように生きてきたわけではないので思いつきません。

思いつかないどころか、責められている感覚に委縮をしてしまうようになりました。

 

 

何が言いたいとかはありません。

 

今の私もその頃の私同様勝負事は苦手ですし

人の前にある醤油を取ろうとすることさえできません。

誰も気にしていないようなことにやけに敏感になってしまいます。

 

 

HSPというものがあるそうですね。

 

正直周りに言われるまで知らずに来ましたし

自分自身がそれに該当するのかもわかりませんが

私と同じような感情を持つ方がいたらあなただけじゃないよと言ってあげたい。

 

 

周りにこの性格は変だと言われてづけてまいりましたが

恥ずべきようなところは、たぶんないと思うので苦しまないでほしいなと思います。

 

 

夜は長くて嫌ですね。

 

 

寒いので暖かいものを飲んで、眠らなくてもいいので心を温めて過ごしましょう。

 

 

 

ではまた、

 

 

おやすみなさい