21冊目
「サクラ咲く」
辻村深月
光文社
- サクラ咲く (BOOK WITH YOU)/光文社
- ¥1,000
- Amazon.co.jp
若美谷中学1年5組の塚原マチは、自分の意見を主張できない、頼み事を断れない、そんな性格を直したいと思っている。
ある日、図書室で本をめくっていると、一枚の紙が滑り落ちた。そこには、丁寧な文字で『サクラチル』と書かれていた。
貸出票には1年5組と書いて、消された跡がある。
書いたのは、クラスメイト?
その後も何度か同じようなメッセージを見つけたマチは、勇気を振り絞って、返事を書いた。
困っているはずの誰かのために― (「サクラ咲く」他2編収録)
中高生が抱える胸の痛み、素直な想いを、みずみずしく描いた傑作。
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「約束の場所、約束の時間」
「サクラ咲く」
「世界で一番美しい宝石」
の3編が収録されています。
正直言うと、如何に辻村作品だといえども、この本にはあまり期待はしてなかったんですよ。
なぜかというと、「約束の場所、約束の時間」「サクラ咲く」の初出は、『進研ゼミ・中二講座』なんですよ。
中学生向きに書かれているから駄目だ、なんて言うつもりはないのですが、やっぱり「本を普段読まない層にも分かりやすい内容を」と依頼されてるであろうこういう媒体に対しては、あんまり尖ったものや捻ったものは求められてないだろうし、誤解を恐れずに言えば「初心者向けの軽いモノ」を書かれてるんだろうな、と思っていたのです。
そもそも、表紙がこれだしね!
三十路男子には買いづらいよね!!
その内容はというと、予想に漏れず、上記2編は直球のいい話でした。
両方とも舞台は中学校なのですが(ちらほら作品間リンクがあるのはさすが辻村作品、といったところ)、作中の登場人物と同世代であろう読者に向けて、「夢へ向かって前向きに、自分だけの力で解決しようとして行き詰るのではなく、信頼できる友達と力を合わせれば、なんだってできるんだよ」というポジティブメッセージを前面に出した、前向きになれる作品でした。
って、我ながら皮肉を言ってるようにしか思えないなぁ…
いや本当に、いい作品なんですよ。
中学生の時にこの作品を読んでたら、少なからず人生観が変わってたかもしれないなぁ、というくらいに。
で・も・ね。
三十路のおっさんとしては、やっぱりそれだけでは満足できない部分もあるのですよ。
綺麗すぎる話には、今一つ感情が乗ってこないね!、的なね。
そんなこんなを補ってくれるのが、3つめの「世界で一番美しい宝石」ですよ。
舞台は、高校に移り変わっています。
先述の2作品では自然と(「都合よく」と言い換えてもいいけど)親交が育まれていた、学校社会での厳然とした階層の違いがある「目立つ生徒」と「目立たない生徒」の間に生じている、深くて大きな溝。
「学校はみんなのものだ」
そんなおためごかしな言葉を全否定するような、圧倒的な現実。
充実している「目立つ生徒」にとって、「学校はみんなのものだ」というお題目は、恥ずかしげもなく宣言できるものなのかもしれない。
でも、そう胸を張って言えない者も、もちろんいる。それは、嫌というほど自覚もしている。
だから、ある意味では見下されるような言動をとられても仕方のない部分はある。
しかし、全否定されるような筋合いは、決して、ない。
そういう劣等感と自尊心のせめぎ合いが、とても胸に沁みました。
特に心に残った一節がこちら。
『学校は誰のものだ、という声が、さっきから頭の奥を震わせていた。
これまでも、何度も何度も考えたことだった。学校は一部の目立つ層のためだけにあること、自分たちのためにないことを、俺たちは知っている。
それを自分のものにしたい。学校の主役に躍り出ようと考えるのは、そんなにいけないことだろうか。“高校デビュー”なんて言葉で呼ばれなきゃならないほど?』
もうね、この部分にやられました。ちょっと泣きそうになりましたよ。
価値観の多様化だとか、細分化だとか、そういう耳心地のいい言葉が巷間に流布される一方、やっぱりその中でも中心軸にあるものは、今でも強い輝きを放っています。
それを否定するつもりなんて更々ないですが、でもやっぱり劣等感は感じるし、枝葉はどこまでいっても枝葉なのではないか、と思ってしまうこともあります。
その負なイメージをなんとか打破しようとする少年たちの姿に、何やら学生時代に還ったような気持ちにさせてもらいました。
辻村作品特有のリンクもがっちり張ってありますので、大人の読者にも十分に堪能していただける作品になってると思いますよ。