64.「esora vol.8」 | 町に出ず、書を読もう。

町に出ず、書を読もう。

物語がないと生きていけない。社会生活不適合者街道まっしぐら人間の自己満足読書日記です。

64冊目
「esora vol.8」



毎度お馴染み、講談社・小説現代特別編集の本です。


毎回買っているのはもちろん辻村深月さんの新作をコンスタントに読みたいからなのですが、毎回他の作品でも気になるのが出てきて楽しいです。



vol.6では本谷有希子さんにグッときて「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」を買いましたし(未読)、vol.7及び今回のvol.8で真藤順丈さんが気になってきました。



なので今回は二作紹介したいと思います。





「『嘘』という美学」
辻村深月



千原冬子・二十九歳。
チハラトーコという芸名で、モデルとして秋葉原の事務所に所属している。



今でも時々、昔ある人に言われた気に食わない言葉を思い出してしまう。



「世界と繋がりたいなら、自分の力でそれを実現させなさい」



そして彼女は、私を「嘘泣き女」と断じた。



その通り、私は嘘つきだ。しかしそれのどこがいけないのか。



身の丈に合わない大きな嘘をついて、首が回らなくなっているような嘘つきのアマチュアと一緒にしないでほしい。



私は絶対にそこをはき違えたような嘘はつかない。それが私の生き方なのだから…。



…………………………



「スロウハイツの神様」のスピンオフ短編です。



とはいえ、未読でも特に問題はないですが、既読だと楽しい楽しい。



これ読んで、ソッコーで「スロウハイツの神様」を読んで、



それからもう一回この短編を読んで、



ほおぉぉぉ(余韻に浸っている)



ここも繋げて来るのか、という楽しみが満載です。



ちなみに辻村作品はほとんど全作品何らかのリンクがあるので、今回のも「太陽の坐る場所」とも軽くリンクしてて、読者として追いかけ甲斐がありますよ、ホント。



閑話休題。



自分の実力や容姿にちょっとした脚色をつけるだけで、友人達はとても楽しむことができる。



それは嘘というよりも、サービスだと思っている冬子だけれども、世の中それだけでは渡っていけない。



容姿は特上。しかも好きでやっている仕事。でもパッとしないのは、自分の生き方が間違っているからなのではないか。



そう思い悩むが、御年二十九歳。今更自分を曲げるのにも抵抗がある。



もっと若い頃にやっとかなきゃいけなかった事をやらなかったツケが、今、回ってきている。



っていうのが、同世代にはキますね、何か。



冬子の今後がものすごく知りたい!



芸能人だけに、これからの作品で、テレビ画面内とかそういうさりげないところでちらっと出てくるかも知れないので、目を皿にしてチェックしたいと思います。





「ハードボイルド間伐フィールド」
真藤順丈



昨今の野外音楽イベントブームに乗っかり企画された『REAL FOREST-ROCK FESTIVAL』は、かぎりなく自然と融合した会場を目指す、という既存のイベントにはないテーマをかかげている。



山の傾斜を利用して客席と一体化したステージを作り、客は斜面の木立に寄り添いながらライブを鑑賞するのだ。



とはいえ、手入れされていない山林ではうまくいくはずもない。



そこで、山林を間伐してステージを作ることになり、数ある候補地の中から選ばれたのは御薙(ミナギ)という地域。



イベントに関わる林野庁職員・佐久間薫の祖母が生まれ育った故郷だった。



山林の間伐を依頼された四つの山林業者の責任者は、偶然ながら皆ミナギの出身。顔を合わせれば悪態をつきあう険悪な状況で、間に挟まれた薫は右往左往。



しかも、責任者のひとりである遊佐が、必要以上の伐採を始め、他の三人も今ある山林の形を大きく変えるように大規模な間伐をし始める。



イベントの意義を損ねる行為だと詰め寄る薫だが、間伐すればするほど客を入れることができるため、プロデューサーは黙認する。



祖母の愛した山林を守るため、強硬手段に出る薫だったが…。




………………………



こういうオチに持っていくとは思わなかった!



どう着地するかと思ってたけど、予想以上にきれいな結末でした。



林業に関わる特殊な能力をもつ四人の争いが素敵でした。



真藤さんといえば、前作(esora vol.7)の「拳銃と農夫」ではまるで西部劇のような争いを、地主とそれに反発する農夫が繰り広げていましたが、



意外な設定のハードボイルドが新鮮でした。



地味な第一次産業に違った視点からスポットライトを当てるというか、何か農業や林業に対する見方が変わってきます。



次は、漁業?