自信がない、とWSに出まくったり、もっと恐怖なのか?と心配になるのがトレーニングに出ることを繰り返す人が非常に多い。
もっと目を覆いたくなるのが、そのWSの後とかに身体に良いランチして、身体も喜んでる!的な自撮りアップとか、ま、そういうのそれ以上見ないけど、、ま、それはさておき、
ヨガをやり出した頃は訳も分からず、勉強家な人達やな、そしてお金あるんやなええな、と思っていた。
で、私はあんまり知識を入れると扱い切れずパンクするし、お金もなかったので、ひたすらレッスン出来るところでどんどんクラスをやらせてもらった。
デビュー当時、立位をほぼしちゃいけないクラスを任され、めちゃめちゃ焦った。
初心者向けで立位なしとか私の中にそんな知識ないし。
次の週のレッスンが来るまで、延々考えた。
立位でなければええんやろ
こねくり回して、アイディアが出てきて1時間のクラスげまた新しく出来た時、めちゃ嬉しかったし、それが自信になった。
そして、それを続けていると、生徒さんが増えてきたり、takamiさんのクラス評判良いですってスタッフの方に言われたりするご褒美がついてきた。
大好きなのでアイディアを絞ることは怠けないけど、スランプてあるねん
人間な。うまく言えないけど、エネルギーがうまく流れてないと感じること。

ま、そういう時もある、とひたすら進むことを、私は一番の財産であると感じた。
続けること。
それに、来てくれる生徒さんが私の中の何を拾っていってくれているのか観察する。
これがね、いやはやびっくりするぐらいずれてたりする











私が受け取ってほしいもの、とかな、あるのんもちろん良いと思うけど、ヨガインストラクターてお店やさんやから、
好きなもん持ってってね。これが人気なんやね、ふむふむ。でも、私こっち売りたいな、じゃあこれが売れるにはどうしたらええやろか?
の一人お店やさん作業はインストラクターとして必要やと思う。
私は邪道やと思う。
でも、寄り添った後に、やっと自分の伝えたいことが伝わることってあると思う。
それが信用される、ということと違うかな?
なので、生徒さんが結果として離れていく場合もあるけど、それは仕方ないねん。
みんながそれぞれ幸せになりますように。
そもそも私がみんなを幸せにする、なんて、何者?神様?
20歳くらいまでなら、その意気込みで良いだろうけど、年いったらそこはもう良い意味でそぎ落としていく部分やと私は思う。
生徒さんが聡明であると、ああ、私今うまくいってるな、と思う。
そんな意味で、私の今の身体は停滞気味やけど、後退していない、足踏みしてるだけ、とばばぁ的な負けない精神が沸き立つ。
夢中になりました、アメリカのドラマ、empireの中で素晴らしい曲がありまして、
I'm a conqueror.
I don't accept to defeat.
って歌詞がある。
歌詞が合ってるか微妙だったりするけど、私があくまでも捉えてるのはこういう意味で、
私は征服者、私は負けることを受け付けない。
直訳やん!ごめん、そのセンスなしなんで

負けることを受け付けない。
これ良いな!と一人思う。
勝ちとか負けとかは自分に対して、戦うという表現は、実際に動いて感じろ、という意味。
戦う前から、武器が足りないってやってても、武器に満足する日はこない。
それに自分よりずっと経験のある憧れのインストラクターは、鎧の素晴らしさなど見ていない。その人そんなもん持ってはるしな。
だから、そういう人に出会えたら、鎧を脱いで接した方が早いで。
この最後のえらそうな発言は、リアルだからマジ持って行って。
私、19歳でバカでエアロビクスのインストラクターとしてデビューした時、鎧なんか一個も持ってなかった。生意気と心意気しか持ってなかった。
生意気はいらんと思うけど、心意気って通じる。
持って行って。